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みうら・しをん
1976年東京都生まれ。
2000年に長編小説「格闘する者に○」(草思社)を刊行し、デビュー。
気鋭の作家として注目を集める。その後も、
「月魚」「白蛇島」(角川書店)
「秘密の花園」(マガジンハウス)
と次々と注目作を発表している。
また、「極め道」(光文社知恵の森文庫)
「妄想炸裂」(新書館)など
独特の視点と鋭いツッコミが光るエッセイも多数執筆している。
10月24日にはエッセイ集『人生激場』(新潮社)
を刊行。
11月にも角川書店より書き下ろし長編小説
「ロマンス小説の七日間」を刊行予定。
著作権エージェントであるボイルドエッグズのホームページでは読書エッセイ
「しをんのしおり」を連載中。
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プロフィール写真 イメージ画像
取材・文/小山田桐子
撮影/石原敦志
第1回 第2回 第3回 第4回
第一回
ゼロからひとつの世界を作り上げる作家の仕事。
ゼロが1になる瞬間ともいえる、一文字目を書き付けるその瞬間に至るまで、
プロは何を考え、何をしているのか。
プロの創作の秘密に迫るインタビュー、
今回は注目の新鋭・三浦しをんさんにご登場いただいた。
第一回では、“デビューの経緯”についてうかがう。

2000年、「格闘する者に○」でデビューして以来、小説やエッセイなど
精力的な執筆活動を展開する三浦しをんさん。彼女はデビュー作を書く
以前には、小説というものを書いたことはなかったという。

三浦: 
本を読むことはすごく好きだったんですけど、自分でちゃんとした小説を書こうとしたことはなかったですね。中学生の時とか、急に授業中に、レポート用紙に小説もどきを書き殴ることってありますよね!? 
若さゆえの過ちをしてしまうことが(笑)。そういうのは、ありましたけど、あとは、全然書いたことはないですね。大学の時は映画をやりたかったんです。でも、映画サークルに入ってやってみると自分が向いてないっていうのがよく分かって(笑)。集団の作業に向いてないんですよね。いらいらしちゃってダメなんです。自分にも周りにもいらいらしちゃうので、一つのことをみんなで一緒にっていうのはダメなんですね。それに、映画を観ることも、本や漫画を読むことほどには好きじゃないって気づいたんです。私が大学時代在籍していた演劇専修の人たちの中で、映画を好きな人ってむちゃくちゃ観てるんです。私の映画に対する好きはそういう人たちやサークルの人の好きとは違う、そこまで映画が好きじゃないっていうのがよく分かりましたね。でも、授業自体はすごく好きで面白かったから、結構、勉強は真面目にしましたね。
他にすることがなくて(笑)。


本は読むものであり、書くものという意識がなかった三浦さんが作家になったきっかけは、
なんと就職試験の課題だった。

三浦: 
編集をやりたかったんです。というか安定志向ですから、今もやりたいんですけど(笑)。編集者になりたくて出版社をいくつもいくつも受けて、その中で早川書房も受けたんです。その入社試験で書いた作文を面白いって言ってくれたのが、今のエージェント、ボイルドエッグズの村上さんなんです。村上さんは、当時、早川書房の編集者で、その年の就職試験の選考という仕事を終えたら、退社して、出版エージェントをやろうとしていたんです。もちろん、面接の時に「俺、辞めてエージェントをやろうと思っている」と突然言われたわけもなく(笑)、まあ、私は編集者になりたいから、就職活動をずっと続けていました。早川も何回か面接して、いいところまでいっていたんですけど、やっぱりダメで。それで、大学を卒業する前に、村上さんが連絡をくれたんです。村上さんが会社をいよいよ辞めて、これからどうするかって時に、そうだ、あの子どうしてるかな、あの調子じゃきっと就職も……という風に心配してくれたのか電話をしてくれて(笑)。その時には、私はフリーターになろうと思っていたので、いいっすよ、暇だしみたいな感じで会いにいったんです。それで、インターネットでウェブマガジンを立ち上げるから、それにエッセイを週一回ぐらいやってみないかと言われ、それぐらいなら、と始めたのが、「しをんのしおり」という本にもまとまっているエッセイです。


ちなみにそのエージェントの目を引いた作文とはどのようなものだったのか?

三浦:
10年後の私とかそういう感じの課題でした。早川書房の編集者になって、もちろんライバルのS英社とか、K談社などを蹴散らして、私が先生のお作をもぎ取る!みたいなそういう作文だったと思います。それまでの就職活動の鬱憤を好き勝手に叩きつけるような(笑)。


その小気味よさが買われたのだろう。彼女は著作権エージェント・ボイルドエッグスの作家第1号と
して活動を始める。彼女の就職活動はエージェントに見いだされたきっかけとなっただけではなく、
その体験のエッセンスをちりばめたデビュー作「格闘する者に○」という小説に結実する。

第1回 第2回 第3回 第4回
第二回
ゼロからひとつの世界を作り上げる作家の仕事。
ゼロが1になる瞬間ともいえる、一文字目を書き付けるその瞬間に至るまで、
プロは何を考え、何をしているのか。
プロの創作の秘密に迫るインタビュー、
今回は注目の新鋭・三浦しをんさんにご登場いただいた。
第二回では、“デビュー作のできるまで”についてうかがう。

 ウェブマガジンでエッセイを書いていた三浦さんだが、エージェントの村上さんの勧めで、小説を書くこととなる。それが2000年に刊行されたデビュー作「格闘する者に○」だ。家の事情を抱える主人公が就職活動に奮闘する様が、独特の痛快な語り口で描かれている。就職活動というテーマも村上さんから提案されたものだという。

三浦: 
小説のことは最初から言われていたんですが、私はその時古本屋でずっとバイトしていたし、どこかの出版社に就職できないかなってまだ考えていたんで、はーいとか言いつつ、そんなにちゃんと小説を書くということもなかったんです(笑)。そしたら、村上さんがしびれを切らせて、じゃあ、とにかく、せっかく体験したことなんだし、就職活動のこと書きんしゃい、と。でも、実は、私はそういう小説が好きじゃないんですよ(笑)。まあ、小説を書けば少なからずどうしたってそうなっちゃうんですけど、実際の体験だと誤解される感じの小説とか、それから、なんというか、明るい女の子の話が好きじゃなくて。というのも、私自身が明るくないということもあって、明るい女の子というものが信じられなくて(笑)。


 熱心な勧めを受けて、彼女はその小説を書くこととなるが、その際、実体験を“小説”にするために、入念な準備を行っている。

三浦: 
単に就職活動を頑張る女の子というものを書きたくなかったんです。自分が共感できないと思ったので(笑)。みんなが望む就職活動小説ってきっとそういうものだと思うんですけど、書きたくなくて。就職活動場面は、人にきいたり、自分で体験した、わりと本当のことで、ご依頼通り、実体験をもとにしているんですが、それだけでは絶対上手く書けないと思ったので、主人公の女の子の家族構成とか、どんな家に住んでいるかとか、街の感じとか、自分の頭の中でそういうことを全部作ったんです。主人公のバックボーンみたいなものを完全に創作しました。そうしたことによって、自分が感じたことが生かされてはいるんだけれども、その子だったらどうするか、ということが、書けたように思います。例えば、私はむかっときても表には出さなかったけど、彼女は出すとか、私はすっぽかすとかできないけど、彼女は平気ですっぽかしちゃうとか。そういうことを考えたら、じゃあ、書くかっていう気になってきましたね。なまなましさが自分の中では取れたように思います。


 そして、彼女は執筆を開始するが、第一作を書き上げる上で、エージェントの村上さんの存在は大きかったようだ。

三浦:
締切がないと人って書かないと思うんです。どこに向けてテンションを高めればいいのかっていう見当がつけられない。だから、最初に書いて誰かに見せようって思う時に、ただ、書こう、書こうと漠然と思ってても、きっと書けないと思うんです。賞に応募しようとかそういう締切を自分で作らないと。デビュー作には具体的に何月何日までっていう締切はなかったけど、村上さんが見張っているわけだから、締切のようなものですよね(笑)。一ヶ月経ったけど、どこまで、書けてますかって。まあ、でも、いくら催促されても、自分から書こうと思わなくては書けないとは思うんですが。


 こうして出来上がったデビュー作は「格闘する者に○」というタイトルの本となる。一見不思議なタイトルだが、小説を一読すれば、なるほどと唸らされる小さな仕掛けがある。最初から構想にあったのかというとそうではないという。

三浦:
私は、またタイトルをつけるのが非常に苦手で、特に長編のタイトルって全然決まらないんです。内容を書き終わっちゃうと、題名はもうどうでもいい(笑)。「格闘する者に○」もあんまり狙ってたわけじゃなくて、完全に後付けなんです。まだ、この小説を自分で読み返してみたことがないんです。直視したくないので(笑)。あの小説が一番好きだと言ってくださる方が結構いるんですけど、それがまた複雑ですね。その後の努力はなんだったんだと(笑)。


二作目の「月魚」は古本屋を舞台にした小説だが、デビュー作とはまた、がらりと雰囲気が異なる。そして、冊を重ねながら、彼女は自分の“本当に書きたいこと”を発見していく。


第1回 第2回 第3回 第4回
第三回
ゼロからひとつの世界を作り上げる作家の仕事。
ゼロが1になる瞬間ともいえる、一文字目を書き付けるその瞬間に至るまで、
プロは何を考え、何をしているのか。
プロの創作の秘密に迫るインタビュー、
今回は注目の新鋭・三浦しをんさんにご登場いただいた。
第三回では、“書きたいもの”についてうかがう。

 三浦しをんさんの二作目以降は、トーンががらりと変わる。暗闇というより、薄暗闇というような雰囲気のただよう小説である。特に四冊目となる「秘密の花園」はミッション系の高校に通う少女たちの繊細さと残酷さを、直視するように描いている。

三浦: 
やっぱり生来の根暗さなのか分からないですが、書いていくうちに、本当はもっとドロドロしたものが書きたいということに、気づいていったんです。表現されたものが好きな人とか、表現したい人っていうのは、明るく元気なだけではないと思うんです。そういう部分をもっともっと書きたいと思って、「秘密の花園」を書きました。「月魚」「白蛇島」といろいろ試行錯誤して、もうそろそろ女の子の作品をやりたいと思ったんです。世の中が期待する、明るい女の子や恋をしたりする女の子ではない、私が考えたり、感じたりしてきた女の子というものを書きたくて。


 「秘密の花園」では三人の少女のそれぞれに異なる語り口が印象的だが、彼女の小説は主人公が女の子の場合は一人称が、男の子の場合は三人称が選ばれていることが多い。

三浦: 
自分との近さの問題だと思いますね。男の人を一人称で書くのはできると思うんです。今、「小説新潮」で不定期にやっている連作短編は、語り手が全部男の人なんですが、一人称なんです。結構なりきって楽しく、ドロドロ書いているんですが(笑)、女の人の三人称って、そういえば自分の感覚でないですね。書けといわれても感覚的に書けない。人称をどうするかというのはすごく考えますね。誰に視点を置いたら効果的かというのをすごく考えるんです。そうした結果、女の子の主人公の場合はみんな一人称を選んでましたね。口調というか語りのリズムを表現できるという点で一人称を選んでいる部分もあるかもしれません。


 彼女の作品の中で、愛や恋が主題となることはあまりない。異性は異なる者として描かれることも多い。

三浦:
あんまり男の人が好きじゃないからだと思いますね(笑)。あんまり、恋とかそういうものがよく分かってないからだと思う。毎日生きてる中で、それほど恋愛が重要になったことってあんまりないんです。だから、実感としてあんまり分からないんですね。男なら男だけの世界、女なら女だけの世界を書くのは割と自分的に楽なんです。でも、男と女がいる世界って難しいんです。それってまさしく現実の世界も同じだと思うんです。男と女がいることによって、いろんな抑圧とか弊害が生まれる。男と女って恋愛という個人的な関係というよりも、むしろ社会的な関係でうまく機能してなくて、いろいろ軋みがあるのに、それを見ないふりですませている。自分もすました方が楽だからすましている部分がありますし。そういうのを知ってるから、私自身の感覚としては、男女が出てくるものを安易に書くとウソっぽく思えるというか、きれい事に思えるんです。だから、なかなか書けないですね。


 短編では恋愛を扱ったものもあるが、男女の関係はとてもさらりと描かれている

三浦:
「秘密の花園」に出てくる男は狡くて嫌な奴なんですが、そういう嫌な奴を書くのは結構好きなんです。でも恋愛物を書くときっていうのは、そういう男を相手にしたいとは思わない。自分がこういう関係があったらいいな、っていうのを書きたいんですね。それこそホストに貢いでぼろぼろになった話とかは書きたくない。そうすると、さらっとした男のさらっとした恋愛ばなしになっちゃうんです。今度、角川から出る小説は恋愛小説という依頼をいただいて書いたものなんですけど、出てくる男は、やっぱりひょうひょうとしていますね。好みなんでしょうね(笑)。少女漫画とか、同じ作者が描くヒーローってどの作品でも割と似てる。あれがよく分かりました。多分女の人って、自分の中の理想のタイプっていうのを変え難いんだと思います。でも今回、恋愛小説を書いてみて面白かったですね。今まで食わず嫌いだったのが、けっこうこれはこれで可能性が広がっているものなのかな、さすがにみんなが書くだけあるって思いました(笑)。


 その最新刊となる恋愛小説『ロマンス小説の七日間』は11月に角川文庫より刊行予定だ。

第1回 第2回 第3回 第4回
第四回
ゼロからひとつの世界を作り上げる作家の仕事。
ゼロが1になる瞬間ともいえる、一文字目を書き付けるその瞬間に至るまで、
プロは何を考え、何をしているのか。
プロの創作の秘密に迫るインタビュー、
今回は注目の新鋭・三浦しをんさんにご登場いただいた。
第四回では、“書く上で大事だと思うこと”についてうかがう。

 三浦しをんさんに書く上で大事なこととは何かと尋ねると、「本を読む。漫画を読む。いつも夢見がちだということ」という答えが返ってきた。

三浦: 
本に限らず、漫画でも映画でも、王道というかパターンみたいなものがあるじゃないですか。そういう人類の表現の歴史みたいなものをある程度は、自分でこんなものだなって知っていないと多分、イメージができないのではないかと思いますね。あと、人の話を聞くのが好きとか、好奇心があるとかって非常に重要なポイントじゃないかと思います。小説を書く人って、多分、話を聞くのが好きな人が多いんじゃないかと思いますね。苦にならないというか。とりあえず、本を読んで、あとは、気になる人の話は耳を傾けておく。電車の中でもなんでもいいから(笑)。


 三浦さんの小説には、古風な言い回しも多く、それが独特の雰囲気を形成しているが、それは幼少の頃からの読書が培ったもののようだ。

三浦: 
古典はそんな人に誇れるほど読んではいないんですが、結構、ちっちゃいころから、日本の作品は随分読んだと思いますね。明治の文豪の作品などはずっと読んでいましたね。たまに、言い回しが、ちょっと昔ながらだねみたいに言われることがあるんですが、自分では気づかないですね。普通に使っている言葉なので(笑)。現代のエンタテインメント系を読むようになったのは高校か大学に入ってからなんです。それまでは、生きている作家のものは読んでなかった。高村薫さんの作品をもうちょっと早く読んでいたら、受からないだろうけど、司法試験とか受けたのになあ、人生全然違ったのになあと思うんですよね(笑)。


 高村薫さんは、影響を受けた作家の一人だという。

三浦:
絶対、まねできないのは分かっているんですけど、すごく好きですね。高村薫さんの小説ってあんまり恋愛が出てこないっていうのがいい。でも、ほのかに連帯感というか仲間の友情があって、そういう感じが好きですね。それから、どうにもならないことが分かっている非常に窮屈な状況の中で、でも着実に毎日生きるみたいな小さな前向きさがあるところがすごくいいなと思います。その考え方とか人間観察はすごいなと思いますね。


 プロとして書く上では、柔軟さもまた、必要だと三浦さんは言う。

三浦:
他の人の意見をきいて、客観性を取り入れて、よりよいものにするというのが多分重要なんだと思います。同人誌はそういうプロセスがほとんどない。それはそれで自由に書けるし、楽しいし、だからこそ、すごく面白い思い切ったことができるというのがあると思うんですけど、職業としてずっと継続してやってくためには注文に応じられる柔軟さも必要だと思いますね。提案されたことにたいして、自分ではどうしても、これは譲れないってことは当然あると思います。例えばここをこうしたらいいっていう指摘があった場合、その方がいいと思ったらどんどん直すし、納得いかなければ、とことんバトルをしますね(笑)。また、求められたテーマに添ったものを書くという柔軟さも、プロとしては必要だと思います。


最後に、書き続けるコツについてうかがった。

三浦:
最初の頃、編集者の人に、慣れれば上手く書けるようになりますし、コツも分かりますよって言われたんですけど、あんまりそういうことはないですね(笑)。ただ、締切があるのはいいっていうのは、分かりました。あと、確かに、書いていれば、何が書きたいのかっていうのは、自分で分かってきますね。最初の一作だけは明確にビジョンが見えてて、どういう風な作品にしたいか分かってるけど、それ以降はどうなるんだろうっていうのはあんまり心配しなくていいと思います。その作品を書き終わったら、足りなかったと感じた部分から、次の作品の着想が沸くっていうことがあるから。とにかく、自分の中で締切を設けて、一作を描き上げるということだと思います。