Creator’s World WEB連載
Creator’s World WEB連載 Creator’s World WEB連載
書籍画像
→作者のページへ
→書籍を購入する
Creator’s World WEB連載
第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第33回

LINE

引き続き、橘さんがパッティングに入った。でもその次打ったボールもカップ近くで、空しく止まった。続けて残り十センチぐらいのボールをカップへねじ込むと自分のボールをカップから取り上げ、何もいわずに一人で次のティーグランドへ向けて歩いていってしまった。
「やっぱり、俺が悪かったんですかね?」
と俺は吉川さんに聞いた。
「うーん、今のは、加納さんが相当悪いね・・でも初めてのゴルフなんだから、橘さんも大人気ないと言ったら大人気ないけどね」
久保田さんは俺たちの会話を聞きながら、何も言わずにパッティングに入った。そんな事、意にも介していないようだ。パッティングだけに集中してボールを打った。カップまで三メートルぐらいの距離を残していたボールは、緩やかなフックラインを描き、カップの中に吸い込まれていった。彼女は自分で「わー、ナイスショット」と言って飛び上がって喜んでいた。続いて吉川さんもパッティングにはいった。そのボールも一回目で入った。そしてなんと俺のボールも、一回目で入ってしまった。バーディーである。
「わー、すごい。ナイスバーディーだわ」
「本当すごいな。初めてのゴルフでバーディー取るなんて」
二人とも自分の事のように喜んでくれた。三人とも先ほどの橘さんと俺との出来事など、もう忘れていた。三人とも一発目でパッティングが入った事に対して満足していた。三人が談笑しながら、次のティーグランドへ歩いていくと、橘さんはタバコを吹かせながら、俺たちを睨んでいた。



第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第34回

LINE

俺は橘さんに近づき、
「先ほどは知らぬ事とはいえ、どうもすみませんでした」
と素直に謝った。橘さんはそんな俺を無視した。相当俺に対して怒っているらしい。気まずそうにたたずんでいる俺を見て、久保田さんが、
「加納さん、オーナーよ。早くティーアップしましょ」
と声をかけてくれた。「あっそうか。俺がオーナーだ」と思い、ティーアップを急いだ。俺は嬉しいような、橘さんに悪いような気持ちで複雑だった。でもバーディーを取った事自体はやっぱり嬉しかった。今度はドライバーショットをミスしないように、クラブを振るリズムだけを考えて、振りぬいた。テークバックがどうだとか、体が動かないようにとか、フィニッシュがどうだとか、全く頭の中で考えなかった。その事が結果としては良かったようだ。ボールはフェアーウエイのど真ん中に飛んでいった。
「ナイスショット、バーディーとって乗ってきたね」
と吉川さんが声をかけてくれた。「まぐれです」と俺は言ったが、内心、ショットの打ち方のコツが判ったような気がした。それほど気持ちよくスムーズにドライバーを振りぬけた。
 続いて橘さんがティーアップに入った。橘さんはこの三番ホールに来てから、一言も俺たちと会話を交わしていない。彼は先ほどタバコを吸い終わると俺たちに背を向け、崖の方を見ながら、ただひたすら素振りをしていた。俺がティーショットに入った時も、背中越しに、橘さんの素振りをする音が、びゅんびゅんと聞こえていた。そしてティーアップされたボールを後ろの方から眺めながらも、何回も力強く素振りをしている。打つ方向を決め打つ体制に入ってからも、二回素振りをした。俺は見ていて「素振りだけで疲れそう」と思った。



第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第35回

LINE

それから橘さんは最後にボールを睨みつけ渾身の力で振りぬいた。多分、そのボールを俺の顔かなんかと思い、振り抜いたのだろう。それほど、憎しみを持ったショットに見えた。ボールもぐにゃっと潰れて飛んで行ったような気がする。ボールは、初め、真っ直ぐに勢いよく飛び出した。誰もがナイスショットだと思ったに違いない。ところが百五十ヤードぐらい行ったところ辺から、右の方へどんどんスライスしていった。そしてボールはカート道のアスファルトの上で勢いよくバウンドし、運悪くその跳ねたボールはOBゾーンの中へ入ってしまった。俺たちはその光景をただ呆然と眺めていた。橘さんは、悔しそうに自分のクラブを地面に叩きつけようとしたが、途中で思い止まり、未だ吉川さんと久保田さんが打ち終わっていないのに、プレイイング四のティーマークがしてある方向に向けて歩き出した。吉川さんが、
「俺、未だ打ち終わっていないんですけど」
と言ったが、一度、吉川さんを睨んでそのまま踵を帰し、四打目を打つ場所に向けて、歩いて行ってしまった。
「やれやれ、本当に怒っちゃったね」
と吉川さんが呟いた。すると久保田さんが、
「でもショットをミスったのは自分自身なんだから、他の人に不愉快な思いをさせたらいけないわ。気にしないで頑張って」
と吉川さんを励ました。彼女は吉川さんを励ましたが、全ての原因は俺にあるような気がする。でも吉川さんは本気で気にはしていなかったのだろう。その証拠に彼のドライバーショットは最高に素晴らしいショットだった。俺のボールより二十ヤードぐらい前方にボールが飛んでいった。続いて久保田さんのドライバーショットもナイスショットだった。何故か橘さんがショットをミスると、俺たち三人はショットがよかった。その事も彼の機嫌の悪い原因かもしれない。



第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第36回

LINE

 俺たちが二打目を打った後に、橘さんはプレイイング四の所から第四打目を打った。しかし完全に気持ちが切れてしまったのか、ボールは右にカーブを描きグリーンをはずした。橘さんはこのホールもトリプルボギーを叩いてしまった。俺たちはと言うと、俺はグリーンエッジからの寄せとパターを失敗し、ダブルボギー、吉川さんは二打目を失敗したが、その後は無難にこなし、ボギー、久保田さんは三パットしてしまいボギーだった。
 その後の前半の六ホールは俺にとっては満足のいく内容だった。一番ホールのような大きなミスもなく、悪くても全てのホールがトリプルボギー以内で収まった。吉川さんと久保田さんも自分の実力どおりのスコアで前半は納まったみたいだ。ただ橘さんだけが、リズムを崩し、相当叩いたらしい。九番ホールが終わり、クラブハウスへ向うカートの中で、久保田さんが皆のスコアをチェックした。
「加納さんは、一番ホールから十二、二、六、六、六、七、六、五、六の五十六で間違いありませんか?」
「はい、多分,OKです」
「吉ちゃんは、五十一かな」
「うん,OK」
「橘さんは、五十でいいですか?」
「打ちすぎて、ちゃんと合計してないよ」
「それじゃ、読み上げますね」
「読み上げんでもいい。それぐらいだよ」
未だに、一人だけ怒っているようだ。俺と吉川さんは「触らぬ神にたたりなし」と思い、カートに乗るときに、二人だけで前のほうに乗り込んでいる。カートの後ろには、久保田さんと橘さんが乗っていた。
「ところで、まゆみちゃんはいくつだったの?」
と吉川さんが久保田さんに聞いた。
「私、四十六」
「今日は良いほうじゃない?」
「そうね、上出来ってところかな」 「さすが、ハンディー二十五の実力ですね」
俺は素直な感想を言ったつもりだったが、またもや橘さんをいらだたせたみたいだ。
「悪かったな」
橘さんは一人でそう呟いた。三人ともそのまま黙り込んだ。