Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第21回

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「上りライン、下りラインというのは、勿論、ボールの転がる速さに関係してくるんだけど、その他に、順目と逆目というのがあって、それも関係があるみたいですよ」
「順目、逆目って何ですか?」
「グリーンの芝は短いけど、必ず、太陽の方向に向って倒れているそうです。倒れている方向に向けて順目、その逆が、逆目って事。だから当然、順目の方が、ボールの速度だって速くなる訳」
「へー、吉川さんって、いろいろ知ってるんだね。すごいね」
「加納さん、そんなに大きな声で言わないでくれますか。恥ずかしいから・・加納さんが知らないだけで、他の人、皆、知っているんだから!」
 俺は中山からいろいろとゴルフについて教えてもらったつもりでいたが、まだ知らない事がいっぱいある事が判った。今度は順目、逆目を意識して打ってみた。確かに、吉川さんが言うように、ボールの転がる速度が全然違った。コースに出る前に、この事が判っただけでも収穫だった。それからしばらくの間、時間も忘れて真剣にパターの練習を続けた。
そんな俺の元へ時計を見ながら、吉川さんが近づいて来て言った。
「加納さん、そろそろスタートの時間だから、行きましょうか?」
ついに記念すべき、俺の生まれて初めてのゴルフが始まる。胸がときめいた。
 俺たちは二人で、アウト一番のティーグランドへ向った。そのティーグランドには、もうすでに、今日一緒に回る他の二人のメンバーが待っていた。吉川さんは、その二人とも知っているらしく、ティーグランドへ向いながら声をかけた。
「橘さん、ご無沙汰してます」
「おー、吉川君、久しぶり」
「まゆみちゃんも久しぶり、ちょっと太ったんじゃない?」
「余計なお世話だわよ」
皆、笑顔で親しそうに話しをしている。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第22回

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ティーグランドに着くと、吉川さんが俺を二人に紹介してくれた。
「橘さん、こちらは加納さんです」
「どうもはじめまして、加納です」
「どうも、加納君はゴルフのハンディーはいくつだ?」
「俺、実を言うと、今日がゴルフするの初めてなんです」
「え、今日が初めてなのか?あんまり俺たちの足を引っ張らんでくれよ」
その横柄は言い方に少しムカッとしたが、その気持ちを表に出さないで、
「はい、頑張ります」
とだけ答えた。続いて久保田さんに紹介してくれた。
「まゆみちゃん、こちら加納さん」
「はじめまして、加納です。でもお仕事は、設備屋さんという硬い仕事なのに、社長として女性でよく頑張ってらっしゃいますね」
メンバー表を見たときから、そう思っていたので、俺の率直な感想も加えて挨拶した。
「はじめまして、久保田です。でも私の商売は硬い仕事ではありませんよ。水商売ですの」
彼女はそう言いながら、一人で笑い出した。変な女性だなと思ったが、愛想よく俺に微笑みかけながら話してくれたので、なんとなく親しみが持てた。
 俺と吉川さんと久保田さんと三人で談笑をしている間にも、橘さんは一人で黙々と素振りをしていた。一人で真剣に何かに取り付かれたかのように素振りを繰り返している。今日、優勝かなんかを狙っているのだろうか?橘さんの方に気を取られている間に、久保田さんが、金の棒を四本持ってきた。
「今日はキャディーさんが付かないみたいだから、私がキャディーさんの代わりをしますね。はい、橘さん、引いてください。はい、吉ちゃんも。はい、加納さん」
一番バッターは吉川さんで、二番目が、橘さん、俺は一番最後だったが、久保田さんは、白マークより前のほうの赤マークの所から打つみたいで、俺は三番目に打つ事になった。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第23回

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吉川さんは、その金の棒を久保田さんに渡すと、すぐにティーアップに入った。ティーの上にボールを置き、そのボールの後ろから一回見て、打つ方向を確認した。そして再び構え直すと、一回、その場で素振りをした。その後、ボールの後ろにクラブヘッドをセットし、打つ体勢に入った。俺は彼が打つところを固唾を呑んで見守った。しかし彼はなかなかボールを打たなかった。その代わり、クラブヘッドは小刻みに上下にピクピク動いている。まるで魚釣りをしているみたいだ。そして五回ぐらい小刻みに動いた後、いきなり振りかぶり、ボールを打った。でもそれがナイスショットだった。あの小刻みな動きによって、ボールを打つタイミングを計っていたに違いない。俺はああいうタイミングの取り方もあるのかと思い感心した。でも見た目はあまり格好良くなかった。彼に向って、「ナイスショット」と言ってやった。彼は俺の方を見て、満足そうに、「ありがとうございます」と言った。続いて、橘さんがティーアップをした。橘さんは、先ほど素振りを何回も繰り返していたせいか、ティーアップをすると、すぐに打った。ボールは真っ直ぐ飛んで行ったが、余り距離はでなかった。打った後に、「あーてんぷらだ」と言って、クラブヘッドを地面に叩きつけて悔しがっていた。先ほどの素振りの成果がでなくて、残念だったのだろう。そしてついに俺の番が回ってきた。中山の言葉を頭の中で回顧した。
「グランドの上に立つと全ての動作が速くなるから、全ての動作を普段より意識してゆっくりにしろ!」
中山から言われた通り、はやる気持ちを抑えながら、ゆっくりとティーアップをした。それからボールをティーの上に置こうとしたが、ボールがなかなかティーの上に乗らなかった。どうもそのティーが折れているみたいだった。それでも無理やり、ボールをその上に置こうとした。そうやって手間取っていると、橘さんから、
「早くしないか」
と注意を受けた。それに見かねて、久保田さんが新しいティーを貸してくれた。改めてティーアップし直すと、その上にボールを置いた。今度は一回でボールがティーの上に乗った。素振りをしボールの後ろにクラブヘッドを構えた。再び中山の言葉が俺の頭の中をよぎる。
「初めのショットは絶対にフルスイングせずに、七分の力で振りぬけ」
クラブをゆっくりと振り上げ、ボールに向って振り下ろした。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第24回

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するとクラブヘッドはボールの手前で地面に触れ、ほんのわずか、ボールの上面にかすった。いわゆるダフリという奴だ。ボールの方は、ちょろって三十ヤードぐらい先の赤マークの横ぐらいまでしか、飛んでいかなかった。余りに力を抜きすぎて、インパクトの瞬間の、ヘッドスピードまで遅くなったみたいだ。吉川さんが、
「どんまい、どんまい」
と言って肩を叩いてくれた。橘さんは、久保田さんと一緒に、もうすでに歩き出していた。俺たちも彼らを追っかけるようにして、赤マークのティーグランドの方へ、小走りに急いだ。久保田さんはティーグランドに辿り着くと、手馴れた感じでティーアップをし、その場で軽くスイングをすると、リズミカルにクラブをボールに向けて振りぬいた。ナイスショットだった。吉川さんのボールと、ほぼ変わらない所まで飛んでいった。スイングも軽やかで綺麗だった。池田ゆかりさんもそうだけど、女性のスイングは男性よりも、可憐で美しいなとその時、俺は思った。ドライバーショットを見る限り、池田ゆかりさんも久保田さんもスイング自体にさほど違いがないように思えた。ただ違うとすれば、ボールの飛距離ぐらいか?
 人のショットばかりに気をとらわれている場合ではない。俺のボールは、今、彼女が打ったティーグランドの真横にある。俺はゴルフバッグから四番アイアンを取り出した。吉川さんと橘さんは、もうすでに自分のボールのあるところに向って歩いていた。久保田さんは、ティーショットが終わった後、俺の横に立ち、俺が次打つ一打を待っている。俺はラフにかかっているボールに四番アイアンを構えた。構えてみると、今朝、チェックした時のシャフトの曲がりよりも、より一段と曲がって見える。構えたまま、練習場でのスイングを反復した。そして頭の中で整理が付くと、クラブを振り上げボールに向って振り下ろした。今度は練習場で打っていたイメージどおりにスイングする事ができた。ところがボールは真横に飛んでいった。久保田さんが申し訳なさそうに、
「加納さん、OBゾーンに行っちゃったわ。もう一球その場所から打たないといけないみたい」
と言った。何で真横に飛んだんだろうと思いながら、同じ場所からもう一球打った。結果は全く同じだった。さっきよりも勢いよく、真横に飛んでいった。久保田さんが見かねて、俺のゴルフバッグから七番アイアンを取り出し手渡してくれた。アウト一番のティーグランドでは、次の組が俺の方をじっと見つめている。恥ずかしい思いをぐっと我慢し、今度は彼女から渡された七番アイアンで振りぬいた。