Creator’s World WEB連載
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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第89回

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 二日後、吉川社長の事務所で施工業者を呼んで、見積もり説明会を開催した。亀田建設と内山電業は営業部長が来ていたが、久保田設備は社長自ら来ていた。
「久保田さん、久しぶりです」
俺は彼女に声をかけた。
「あら、加納さん、久しぶりです。今回は匿名で呼んでいただいて有り難うございました」
「いやー、俺には決定権はありませんから。お礼を言うんだったら、吉ちゃんに言ってください」
久保田さんは正面の机に座っている吉ちゃんに向かって手を振った。相変わらず、この人は明るくて人懐っこい性格だ。業者さんとの名刺交換が終わると俺も席に着き、早速、見積もり説明会に入った。俺が司会をする。まず初めに、吉川社長に挨拶をしてもらった。その後、図面の説明を一通り行った。質疑に関してはファックスで貰う事にした。見積もり提出日を今日から十日後の六月二十四日とした。説明会が終わると久保田さんが吉ちゃんと社長の所に近付いてきて、今日の事について改めてお礼を言った。社長は挨拶を済ますと用事があるみたいで、「後の事はよろしくお願いします」と俺に言って部屋を出て行った。社長が出計らったのを見守ってから、吉ちゃんが久保田さんに話しかけた。
「今週の土曜日、竜ちゃんと大輔と三人でゴルフへ行くんだけど、一緒に行かない?」
「大ちゃんって久山君の事?」
「そうそう、大輔の事、よく知ってるよね」
「お姉さんとは友達だからよく知ってるけど、この頃、大ちゃんとは会う機会が余りないわね・・でも仕事も匿名で下さった事だし、お供するわ」
話はまとまった。土曜日は四人でラウンドする事になった。三人で回るより、四人の方がにぎやかで楽しいかもしれない。
 土曜日のラウンドはリーベントカントリークラブを回る事になった。市内のゴルフ場ではこのコースが一番難しい。フェアーウエイが狭くてアップダウンが激しい。ゴルフ場の名前をリーベントというくせに、グリーンがベント芝じゃなくてコウライ芝になっている。ベントグリーンに慣れているせいか、どうもコウライ芝は距離感と転がり方がいま一つ判らなかった。このコースも何回か回った事があるが、満足の行くスコアーで回った事は一度もない。大ちゃんがこのコースを選んだのも、実力以上のスコアーが出にくいと思っているからだろう。今日は真剣に俺たちと戦うつもりでいるらしい。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第90回

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 ゴルフ場の練習グリーンでボールの転がり具合を吉ちゃんと二人でチェックしていると、大ちゃんがあらわれた。彼は練習グリーンに近寄りながら、
「こんにちわ、この前は可愛がって頂いて有り難うございました。でも今日は負けませんからね」
とにやついた顔で言った。すると吉ちゃんが
「今日も返り討ちにしてやるから」
と言い返した。もうすでに二人の間に前哨戦が始まっている。
「えーっと、今日のハンディーはこの前言ったように、ラウンドで六で良いですね」
「まあー、この前勝ってるからお前の言うとおりでまけてやるよ」
「純一さんの話を聞いていると、どっちがハンディーをあげているのか判んないな。僕がハンディーをあげているんですからね」
「お前はシングルなんだから当然だろう。ハンディー六あげたぐらいでごちゃごちゃ言うなんて情けないね」
二人の前哨戦は加熱していった。俺は二人の会話が可笑しかった。その内に久保田さんも現れた。練習グリーンに近づきながら、こちらに向けて手を振っている。グリーンに辿り着くと、大ちゃんに話しかけた。
「大ちゃん、久しぶりね。しばらく見ないうちに格好良くなったんじゃない?」
「失礼だな。僕はいつも格好良いですよ」
大ちゃんも、俺に劣らずナルシストだ。久保田さんは笑いながらパターの練習を始めた。それからしばらくして回る時間になった。俺たちはアウトの一番に歩いていった。ティーグランドに着くと、久保田さんが俺のゴルフバックを見て、
「加納さん、ゴルフクラブ、新調したんですね」
と話しかけてきた。
「えー、このクラブ、大ちゃんから安くで譲ってもらって・・でもこのクラブのおかげで大分上達しましたよ」
「やっとゴルファーみたいに見えますね。この前一緒に回った時には、ゴルフクラブを見ただけで、お世辞にもゴルフが上手そうには見えませんでしたからね」
久保田さんも思った事をずばずば言う。吉ちゃんも大ちゃんも会話を聞きながら笑っていた。それから皆で打つ順番を決めた。俺たちは青マークから回ると言うと、
「えーっ、吉ちゃんも加納さんもそんなに上手くなったの?」
と久保田さんがびっくりした表情で言った。
「まゆみさん、そうなんですよ。二人ともこの頃、極端に上手くなっちゃって、下手すると僕だってグロスで負ける勢いですからね」
大ちゃんがそう答えた。結局、久保田さんは白マークから回る事になった。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第91回

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 大ちゃんはティーショットに新兵器を持ち出した。新しいドライバーを手に取り、「新兵器登場」と言った。
「大輔、お前、又ドライバー買い換えたのか」
「へへん、ブリジストンのX五百でーす。このクラブが飛ぶんですよね」
大ちゃんはそう言うと、そのドライバーを打った。確かにいい打球だった。打ち終わった後に、
「ねー、良いでしょ。なんかこうボールが捕らえ易いというか・・おかげでフェードボールからストレートボールにかわりましたー」
と吉ちゃんに向かって言った。
「実力で勝てないから、クラブに頼るわけね。ゴルフは道具でない所を見せてあげるよ」
吉ちゃんはそう言いながら、ティーショットを打った。これもナイスショットだった。彼は満足そうに大ちゃんの方を振り返った。大ちゃんが大きな声で「まぐれまぐれ」と言った。続いて俺もドライバーを打った。まずまずのショットだった。久保田さんは俺たちのドライバーショットを見て、「本当に上手くなってるわ」と言った。それから彼女も白マークから打った。これも又ナイスショットだった。俺たちはカートに乗り込み、落下地点に向かった。着いてみると、俺たちのボールははるかに彼女のボールをオーバードライブしていた。今まで上手い人たちとだけ回って来たので気づかなかったが、確実に飛距離が伸びている事が判った。
「わーっ、これじゃ勝負にならないわ。私、次のホールから赤マークから回るからね」
久保田さんがそう言った。俺は何となく優越感を味わっていた。
 さすがにここのコースはタフなコースだった。ドライバーがちょっとでも曲がると、すぐに深いラフに捕まる。ラフに捕まるとワンぺナと同じだった。ホールが進むにつれ、次第にハンディーの差がスコアーになって現れてきた。このまま行ったら大差で負けると思ったのか、吉ちゃんは大ちゃんのショットの時にいろいろと妨害に入った。ドライバーで振りかぶった時におならをしてみたり、パッティングの時に、そのライン上に自分の影を落としてみたりして、いろいろと策略を繰り返した。それに対抗して大ちゃんも応酬に転じた。ショットを打つ時に、「左の方にぽっかりとオービーが口を開けて待ってますよ、純一さん」と小声で囁いたり、池越えのショットでは打つ前に、「えーっと、ここで池に入るからワンぺナ足して、純一さん、このホールはダブルボギーですね」と話しかけた。次第に顎合戦の模様を呈してきた。でも二人とも怒っている様子もなく、逆にそれを楽しんでいるように見えた。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第92回

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そんな二人のやり取りが面白く次第に俺も顎合戦に加わった。本当ににぎやかなゴルフとなった。久保田さんは一人で、「わー」とか「いやーん」とか「きゃー」とか言っている。アウトの八番ホールで吉ちゃんが打った二打目のショットが、ナイスショットにも関わらず風に戻されてバンカーに入った。すると大ちゃんが、漫才師の真似をした。「悲しい時、ナイスショットだったのに風に戻されてバンカーに入った時」俺も思わず噴出してしまった。そしてバンカーに近づき、ボールを見てみると目玉になっていた。大ちゃんが又言った。「悲しい時、ナイスショットがバンカーに入ってしかもそのボールが目玉になっていた時」今度は自分のボールにも関わらず、吉ちゃんも声を出して笑った。
 こんな会話を繰り返しながら笑いの渦の中で、あっという間に最終の十八番ホールに辿り着いた。吉ちゃんが皆に言った。
「最終ホールぐらいは真剣に回ろうよ。でないと次に響くからさ」
「純一さん、こうなったのも貴方が最初に僕のショットを妨害した所から始まったんですからね」
大ちゃんがそう言った。
「はいはい、顎勝負では勝てない事が良く判りました。反省してるから最後ぐらいは笑わさないでくれよ」
彼はそう言うとドライバーを打とうとした。皆黙っていたにも関わらず、彼は自分一人で笑い出した。多分、今までの事を思い出して笑い出したに違いない。俺たちも何が可笑しいのか判らなかったが、一斉に皆笑い出した。だめだこりゃ・・
 ホールアウトしてみると、やはり大ちゃんが強かった。俺が八十九、吉ちゃんが九十二、久保田さんが九十八、大ちゃんは八十だった。顎合戦になっても、シングルになると俺たちより心の動揺が少ない。やっぱりゴルフはメンタル面の占めるウエイトが大きいスポーツだなと思った。後片付けが終わると今日一番負けていた吉ちゃんが、
「それじゃ、俺が負けた分で、召し食いに行こう」
と言った。すると一人勝ちだった大ちゃんが、
「何か変だな。僕が勝ったんだから、僕のお金でしょ。なんで純一さんが仕切るわけ」
と言った。
「まあまあ、硬いこと言うなよ。大ちゃん好き、おごってね」
「もう純一さんたら調子が良いんだから。それじゃ、おごってあげるから、大輔さん、今日はご馳走になりますと言いなさい」
「はい、大輔さん、ご馳走になります」
「よしよし、それで良い」
皆、笑った。今日は四人で夕食を食べる事になった。今日もゴルフ談義に花が咲くことだろう。