俺たちの組が最初にコースへ出る事になった。初めに社長が打った。凄い加速でボールが飛んでいく。見た目には中山のショットと変わらないように見えた。
「兄貴、飛ばすじゃない」
と中山が言った。中山は吉川社長の事を兄貴と日頃呼んでいるらしい。続いて中山が打った。社長のボールより十ヤードほど前の方へ飛んでいった。
「どうだ、参ったか」
振り向きざまに社長にそう言った。社長もにこっとしている。その次に音山さんが打った。この人のスイングは力強い。グレーク ノーマンのスイングに似ている。ボールは中山のボールをほんの僅かだけオーバードライブした。
「音ちゃん、やるじゃない」
中山が再びそう言った。俺はこの人たちのショットを見ているだけで楽しかった。一緒に回れる事を光栄に思った。余りにもレベルが違う為、萎縮する気持ちもなく伸び伸びとスイングする事ができた。俺もドライバーの飛距離が伸びたと思っていたが、落下したボールの位置まで行ってみると皆と三十ヤードほど違っていた。でも悔しい気持ちはなく、ただ全てを吸収してやれと思っただけだった。アイアンショットも皆のリズムを真似しながらスイングした。寄せもパターも全て真似して打った。大ちゃんも確かにゴルフは上手いが、この人たちには一般人が芸能人を見るような、オーラが出ていた。パターなどは構えただけで入るような気がする。確かにミスショットを打つ事はあるが、俺たちみたいに、「しまった」とか「あーあ」だとか一切言葉を発しない。ため息さえつかない。その代わり、次のホールではバーディーを取ってくる。ゴルフというスポーツが神聖な神々しいものに見えた。多分、この人たちは他人のショットなど全然気にしてない筈だ。ただ自分のショットだけに集中している。その俺たちにない集中力がオーラとなって見えるのかもしれない。
ホールが進むにつれ、ミラクルショットが続出しだした。ロングホールでのツーオン、イーグル。チップインバーディー。六メートルぐらいのワンパット。俺もいつもに無く集中力があった。皆に引っ張られ、バーディーも二つ取った。先の事は考えず、ただ目の前のショットだけに集中していた。ショットする時も、何一つ雑音が耳に入らなかった。ラウンドを休憩する事無くスルーで回ったせいか、アウトコースを回っているのか、インコースを回っているのかの感覚さえ失っていた。ただ思ったのは永遠にこのままラウンドを続けたいと思う気持ちだけだった。いつの間にか、最終の十八番ホールのグリーンの上に俺は立っていた。それも中山から言われて初めて気がついた。
「おい、加納、お前ここまで十オーバーで来てるぞ」
我に返った。ボールはグリーン上にツーオンしていた。しかしここまでカップに近いとスリーパットはありえない。難なくパーを取る事ができた。すべてのラウンドを終えると、
「おまえ、ほんとに短期間で上手くなったな」
と中山が声をかけてくれた。
「加納さん、またラウンドしましょうね」
吉川社長も声をかけてくれた。最後に、
「今日は楽しかったよ。また一緒に回ろうね」
音山さんが声をかけてくれた。俺が参加者の中で最低スコアーであったにも関わらず、皆俺に暖かく接してくださった。俺にとってもゴルフを始めて以来、初めて九十の壁を破った記念すべき一日となった。しかも八十二という信じられないスコアーもおまけとしてついてきた。大学時代、アメフトをしていた時、ゾーンに入った感覚を何回か感じた事があった。その時は何をやっても上手くいく。どんな風にステップを踏んだのか、どんなフェークをし、どのようにパスを出したのか、試合が終った後も全く覚えていない事があった。今日のラウンドはその時の感覚と似ていた。無の境地でプレイをする。また一つ勉強になった気がする。俺は中山と吉川社長にお礼を言い、ゴルフ場を後にした。
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