Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第85回

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俺たちの組が最初にコースへ出る事になった。初めに社長が打った。凄い加速でボールが飛んでいく。見た目には中山のショットと変わらないように見えた。
「兄貴、飛ばすじゃない」
と中山が言った。中山は吉川社長の事を兄貴と日頃呼んでいるらしい。続いて中山が打った。社長のボールより十ヤードほど前の方へ飛んでいった。
「どうだ、参ったか」
振り向きざまに社長にそう言った。社長もにこっとしている。その次に音山さんが打った。この人のスイングは力強い。グレーク ノーマンのスイングに似ている。ボールは中山のボールをほんの僅かだけオーバードライブした。
「音ちゃん、やるじゃない」
中山が再びそう言った。俺はこの人たちのショットを見ているだけで楽しかった。一緒に回れる事を光栄に思った。余りにもレベルが違う為、萎縮する気持ちもなく伸び伸びとスイングする事ができた。俺もドライバーの飛距離が伸びたと思っていたが、落下したボールの位置まで行ってみると皆と三十ヤードほど違っていた。でも悔しい気持ちはなく、ただ全てを吸収してやれと思っただけだった。アイアンショットも皆のリズムを真似しながらスイングした。寄せもパターも全て真似して打った。大ちゃんも確かにゴルフは上手いが、この人たちには一般人が芸能人を見るような、オーラが出ていた。パターなどは構えただけで入るような気がする。確かにミスショットを打つ事はあるが、俺たちみたいに、「しまった」とか「あーあ」だとか一切言葉を発しない。ため息さえつかない。その代わり、次のホールではバーディーを取ってくる。ゴルフというスポーツが神聖な神々しいものに見えた。多分、この人たちは他人のショットなど全然気にしてない筈だ。ただ自分のショットだけに集中している。その俺たちにない集中力がオーラとなって見えるのかもしれない。
 ホールが進むにつれ、ミラクルショットが続出しだした。ロングホールでのツーオン、イーグル。チップインバーディー。六メートルぐらいのワンパット。俺もいつもに無く集中力があった。皆に引っ張られ、バーディーも二つ取った。先の事は考えず、ただ目の前のショットだけに集中していた。ショットする時も、何一つ雑音が耳に入らなかった。ラウンドを休憩する事無くスルーで回ったせいか、アウトコースを回っているのか、インコースを回っているのかの感覚さえ失っていた。ただ思ったのは永遠にこのままラウンドを続けたいと思う気持ちだけだった。いつの間にか、最終の十八番ホールのグリーンの上に俺は立っていた。それも中山から言われて初めて気がついた。
「おい、加納、お前ここまで十オーバーで来てるぞ」
我に返った。ボールはグリーン上にツーオンしていた。しかしここまでカップに近いとスリーパットはありえない。難なくパーを取る事ができた。すべてのラウンドを終えると、
「おまえ、ほんとに短期間で上手くなったな」
と中山が声をかけてくれた。
「加納さん、またラウンドしましょうね」
吉川社長も声をかけてくれた。最後に、
「今日は楽しかったよ。また一緒に回ろうね」
音山さんが声をかけてくれた。俺が参加者の中で最低スコアーであったにも関わらず、皆俺に暖かく接してくださった。俺にとってもゴルフを始めて以来、初めて九十の壁を破った記念すべき一日となった。しかも八十二という信じられないスコアーもおまけとしてついてきた。大学時代、アメフトをしていた時、ゾーンに入った感覚を何回か感じた事があった。その時は何をやっても上手くいく。どんな風にステップを踏んだのか、どんなフェークをし、どのようにパスを出したのか、試合が終った後も全く覚えていない事があった。今日のラウンドはその時の感覚と似ていた。無の境地でプレイをする。また一つ勉強になった気がする。俺は中山と吉川社長にお礼を言い、ゴルフ場を後にした。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第86回

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 三日後、例の喫茶店でゴルフ雑誌を見ながらコーヒーを飲んでいると、携帯電話に吉ちゃんから電話がかかってきた。
「もしもし、竜ちゃん?入札業者について相談があるんだけど、今何処にいる?」
「うちの事務所の近くのヤードストーンって言う喫茶店にいるけど、どうしたの?」
「いやー、うちの大王店を改装すると言う話がトータリークラブのメンバーに知れ渡っていてさ。うちに施工させろってしつっこく電話が来る訳よ。まあー、詳しい事は会ってから話するからさ。今からそこへ行くから待ってて」
彼はそれだけ話すと電話を切った。カウンター越しに聞いていたマスターが、
「誰か竜ちゃんの友達が来るのかい?」
と聞いてきた。
「吉川商事の専務。知ってる?」
「専務は知らないけど、社長なら知ってるよ。昔、一緒にゴルフした事もあるしね」
「へー、マスター、ゴルフした事あるの?初耳だなー。俺も目下のところ、ゴルフに取り付かれている所」
「それぐらい判るさ。だって竜ちゃん、この頃ここに来ると必ず、ゴルフ雑誌を読んでるもん」
今まで全然知らなかったが、マスターはこの店を始める前、ゴルフ練習場でレッスンプロをしていたそうだ。若い頃はプロになることも、一時考えたと言う。
「じゃあーさ、今度一緒にゴルフしに行こうよ」
「昼間は店があるのに行ける訳ないでしょ。それにもう十年ぐらいクラブ握った事もないしね」
「もう一人、従業員がいたら昼間でも行けるのにね」
「もう一人養えるほど、儲かっていないからね。竜ちゃんが毎日、十人ぐらいずつお客さんを連れて来てくれるなら、一緒にゴルフ付き合ってあげても良いけどね」
「俺にそんな人脈があるわけ無いでしょ。俺一人だけでも営業協力するからさ、今度店が休みの時、行こうよ」
「そうだね。それじゃ、またゴルフの練習でもしましょうかね」
マスターといろいろと話し込んでいると、吉ちゃんが現れた。彼は店に入って来るなり、
「竜ちゃん、久しぶり。この前、うちの社長なんかとゴルフして八十二で回ったんだって?」
と話しかけてきた。
「まぐれまぐれ、でも初めて九十の壁を破ったから、嬉しかったけどね」
「いやーそれにしても凄いよ。俺も頑張らないとな。だって竜ちゃんとは永久スクラッチだからな」
「大丈夫だよ、まぐれだから。だって吉ちゃんは何回も九十を切ってるじゃないか」
「でも俺のベストスコアーは八十七だから負けてるよ」
俺たちがいきなりゴルフの話をしているとマスターが、
「二人とも相当、ゴルフに入れ込んでいるみたいだね」
と笑顔で言いながら、吉ちゃんに注文を聞いてきた。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第87回

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「あー、すみません。俺、アメリカンのコーヒーください」
彼はそう言って、本題を切り出した。
「それでさ、そのトータリークラブの先輩なんだけどさ。俺もいろいろとお世話になっててさ。施工金額は予算に合わせるって言うんだよね。どう思う?」
「予算に合わせるって言うんなら良いんじゃないの。それでどことどこの業者に頼むつもりなの?」
「建築工事は亀田建設、電気工事は内山電業、設備工事はトータリークラブのメンバーじゃないけど、まゆみちゃん所に頼まないと、後からうるさいだろうしね」
「施工レベルについては問題ないんでしょ」
「それは問題ないと思うよ。どこもAランクだそうだから」
「それじゃーさ、明日中に図面を用意するからさ、明後日、その業者を呼んで見積もり説明会を開こうか。早くしたほうが、予算の調整がしやすいから」
「オッケイ、それじゃ、社長と相談して明後日の時間決めて、連絡するわ」
吉ちゃんもほっとしたのか、コーヒーを初めて口にした。そして一息つくと、
「それじゃ、問題も解決した事だし、薄暮でも行こうか」
と言った。
「行ってもいいけど、誰かメンバーいる?」
「大輔に電話してみようか?」
彼はそう言うと、携帯電話から電話をかけた。
「大輔、今から竜ちゃんと薄暮行くから、午後二時半に高尾カントリークラブに集合ね。それじゃ、ばいばい」
吉ちゃんが一方的に用件を言って、一方的に電話を切ったような気がしたが、
「大輔、暇だから行くって」
と俺に言った。俺たちはコーヒーを飲み終えると、ゴルフ場へ向かった。店を出る時、「いってらっしゃい」とマスターが声をかけてくれた。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第88回

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 ゴルフ場に着くと、久山米穀店からこのゴルフ場は近いせいか、大ちゃんはもうすでに練習グリーンでパターの練習をしていた。吉ちゃんの顔を見るなり、
「もう本当に、純一さんはいつも強引なんだから・・人の都合なんて何にも考えていないもんな」
と愚痴った。
「でもお前も暇だったんだろ」
すかさず吉ちゃんがそう言った。
「今日は、営業に行くって言って会社を出て来たから、絶対に親父には黙っててくださいよ。じゃーないと本当にまずいですからね」
大ちゃんはそう言いながら、本グリーンに向かって歩いて行った。でもいざコースを回りだすと、にこやかだった。大ちゃんも本当にゴルフが好きなんだなと思った。
 俺はこの三人でゴルフをするのが一番楽しかった。ショットを打つ時には皆真剣に打つが、それ以外の時は馬鹿話ばかりしている。笑いすぎてショットが打てなくなる時もあった。今日も同じような調子で回ったが、ラウンドを終えると大ちゃんがぼやいた。俺も吉ちゃんもハーフ四十一で回ってきたからだ。
「もう、二人とも四十一で回ってくるんだから。これからはハーフで三点しかやらないですからね」
大ちゃんは四十で上がっていた。ハンディーどおりに回って来て、俺たちに負けたのだから、そう思うのも当然だろう。吉ちゃんはにこっと笑いながら、
「そんなにぼやくなよ。俺と竜ちゃんとでお前から巻き上げた分、夕食おごるから。召し食いに行こう」
と言った。
「おごってくれると言っても結局は俺のお金じゃないか」
大ちゃんはそう言いながらも機嫌は良かった。その日の夕食は三人で食べた。大ちゃんは夕食を食べながら俺たちにリベンジを申し込んできた。今週末、ラウンドする事を皆で約束した。