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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第81回

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「でも純一さん、一時はどうなるかと思いましたよ。本当に上手くなっていますわ」
久山さんが吉川さんにそう話しかけた。吉川さんは今日のスコアーに納得がいかなかったらしく、機嫌が悪かった。
「うるさい。今度は負けないからな」
と言った。
「今度回る時は、もっとハンディーやりましょうか?」
「いらん、今度はハーフ六でいい」
「人の好意の判らない人だな。純一さんたら、意固地なんだから」
久山さんは、にこっとしながらそう言った。俺は二人の会話を聞いていて、何となく可笑しかった。二人の会話を漫談みたいに聞きながらクラブをチェックしていたら、七番アイアンが入っていない事に気づいた。
「あれ、大ちゃん、俺、七番アイアンをコースに忘れてきたわ」
「インの十六番じゃないですか?二打目を打つ時に三本ぐらいクラブを持って行ったでしょ。多分、あの時ですよ」
「あー、多分、その時かもね」
俺はダブルボギーが続き、集中力がほとんど切れていた。クラブを忘れるほど冷静さを失ったらいけないなと反省した。
「でも僕たちが風呂から上がってくる頃には、グリーンキーパーの人たちが持って来てくれますよ。風呂に入る前に、僕がフロントに言っときますから」
「あー、有り難う」
俺たちはクラブハウスの風呂場へ向った。風呂場のサウナに入りながら話をしていると、吉川さんの機嫌も直ってきた。久山さんは人の誉め方が上手い。
「でも純一さん、シングル並みのショットが何本かありましたね。もうハンディー十五ぐらいの実力は十分にあると思うな」
「まあー、そこまではいかないにしても、九十五以上打つ気はしないね」
「またまた、ご謙遜を!」
吉川さんの顔が次第にほころびだした。しばらくの間、三人でゴルフ談義に花が咲いた。風呂から上がると、久山さんがフロントに俺のクラブがなかったか聞いてくれた。フロントの人も忙しそうにしていて、直接、クラブ保管庫に見に行ってくださいと言う。久山さんとはかなり親しい人みたいだった。俺たちがクラブ保管庫へ向おうとすると、「忘れ物のクラブは、一番左の棚だから」と付け足して言った。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第82回

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 俺たちは保管庫の中へ入って、一番左の棚を隅から隅までくまなく調べた。でも俺のクラブは見当たらなかった。諦めて部屋から出ようとすると、出口近くのゴミ箱に一本だけ俺の七番アイアンらしきクラブが見える。近づいてみると、やはり俺のクラブだった。
「こんな所に俺のクラブは置いてあるわ」
俺は二人にそう言った。二人ともゴミ箱を見た。そして笑った。
「あんまり汚いクラブだから、もういらないんだろうと思って捨てたんだわ」
吉川さんがそう言ってまた一段と大きな声で笑った。久山さんも、声が出ないほど笑い転げている。俺はグリーンキーパーの人に憤りを感じたが、古いクラブである事は事実だし、これを機会にクラブを買い換えようと決めた。まだ笑い転げている久山さんに、
「大ちゃん、もう使っていないクラブを明日、売って」
と言った。久山さんは未だ笑いをおさえきれずにいる。
「大輔、俺からも頼むわ。竜ちゃんの為に、安くで譲ってやれよ」
吉川さんはそう言いながらも笑い続けている。しばらくして笑いが収まると、
「僕がこの前まで使っていたクラブ一式譲りますよ」
久山さんがそう言ってくれた。
「ドライバーがビゲストで、スプーンとバフィーとクリークも同じキャロウエイです。そしてアイアンはアプローチウエッジから四番アイアンまでの八本で、キャロウエイのX―十四というクラブです。それにタイトリストのゴルフバッグまで付けて、六万でどうですか?まだ三ヶ月ぐらいしか使っていないクラブだから、日本全国、どこの中古屋さんに行っても、この値段では買えないと思いますよ」
六万という金額は俺にとっては大金であったが、吉川さんもそれは安いと言うから、俺はその金額で久山さんから譲ってもらう事に決めた。ついにクラブまで新しく買い換える事になった。でも今度は勿体ないとは思わなかった。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第83回

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 吉川さん所の建築図面も大詰めを向かえ、今日が最終の打ち合わせとなっていた。構造図面と構造計算はよく判らなかった為、外注に頼んだ。一通り、建築確認に必要な図面は完了し、市役所に届け出も終わっていた。後は意匠的に仕上げ材料を決定する作業だけだ。
 あれから久山さんとも仲良しになり、吉川さんと三人でよくゴルフ場へも出かけた。今はラウンドでハンディーを十貰っているが、勝ったり負けたりしている。俺も実力的にハンディー二十ぐらいまでにレベルアップしたのか?でも未だ一度も九十の壁を破った事はない。破りそうになった事は何回かあったが、最後の二ホールがどうも鬼門だった。最終ホール、ボギーで上がれば八十九なのに何故かダブルボギーを打ってしまう。ダブルボギーで良い時には、トリプルボギーを打ってしまう。九十の壁には、どうも鬼が門番をしていて俺を通さないようにしているらしい。
 俺が吉川さんの事務所の中で仕上げ材のカタログを何冊も広げて社長を待っていると、ノックと同時に社長が部屋の中に入って来た。吉ちゃんは新製品の展示会を見に行くとやらで、大阪へ出張していた。社長は入って来るなり、
「加納さん、やっぱり店内の床は真っ白な大理石が良いと思うんだけど、どう思う?」
と話しかけてきた。
「色的には合うと思いますが、大理石より御影石のほうが良いと思いますよ。大理石は軟いんでパチンコの玉が落ちるとすぐに傷つくと思うんですよね」
と答えた。社長は納得しながらも、
「でもね。この前、見せてくれた真っ白な大理石がどうも気に入ってるんだよね。どっかに使えないかな?」
と名残惜しそうに言った。俺は考えたあげく、
「それじゃ、トイレの中の壁と、洗面台の天板に使いましょうか」
と提案した。社長は「それはいい」と了承した。その後、まだ決まっていなかった仕上げ材も全て決定してくれた。なるべく社長の気にいるように何日も日数をかけて材料を決めて来たおかげで、社長のほぼ満足する仕上がりにする事ができた。図面上、必要な事を全て確認すると、入札の日程について聞いてみた。入札業者分だけ図面を用意しておかなければならない。
「社長、工事入札はいつ頃する予定で考えてらっしゃいますか?」
「十一月三日の文化の日にオープンさせたいと思ってるんだけど、工事期間はどのくらいかかりますかね?」
「二ヶ月も見とけば十分だと思いますが、入札でも金額の折り合いがつかないことがあるといけませんので、入札の時期は早ければ早いほど良いと思いますけど・・」
「それじゃ、加納さん。入札の案内状、お願いして良いですか?」
「判りました。社長は入札に参加させる業者を選定しといてください。今週末には発送したいと思いますので・・」
とんとん拍子に入札の段取りまで決まった。入札をして施工業者が決まると、後はデザインチェックをするだけになるので、気楽になる。やっと俺の仕事も終わりに近付いて来た。それから後片付けを済まして、そろそろ帰ろうかとしているところを、社長から呼び止められた。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第84回

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「加納さん、うちの専務から聞いたけど、中山プロと同級生だそうですね」
「小学校時代ですけどね」
「実は中山プロも来月からトーナメントに復帰するそうで、今日の午後からその壮行会も兼ねて一緒にラウンドするんだけど、一緒に行きませんか?」
「えー、俺みたいな下手くそが付いていっていいんですか?」
「大丈夫、専務の話によると九十前後で回るそうじゃないですか。それに加納さんが行けば、中山プロも喜ぶと思いますよ」
「未だ九十を切った事はありませんが、社長が連れて行ってくださると言うのなら、喜んでお供させていただきます」
思いもよらない幸運に恵まれた。話によると、社長と中山と同じ組で回してくれると言う。もう一人は音山さんといって、この方もハンディー一だそうだ。俺の腕前からして、こんな上手い人たちと一緒に回れる機会などめったに無い。胸が躍った。今日はきっといい勉強になるに違いない。
 自宅に帰り、着替えを済ませてゴルフ場に着くと、四、五人の人たちがパターの練習をしていた。その中に、中山も社長も混ざっている。中山は俺の顔を見ると、
「加納、今日は有り難うな。でも来てくれてる人たちは皆、ローシングルだから、お前も勉強になると思うぞ」
と言った。
「うん、こっちこそ有り難う。でも俺みたいな下手くそが一緒に回っていいのかなー」
「ゴルフの勉強をすると思ってスコアーの事は気にしなけりゃいいよ。そうしたら楽しく回れるよ。ローシングルにもなると皆、紳士だからお前が幾ら叩こうと、何も言う人はいないしな」
と中山は言ってくれた。俺は壮行会も兼ねてと社長から聞いていたので、何十組も集まるのかと思っていたが、二組、八人で回ると言う。本当に中山と仲の良い人たちだけ集まっているようだ。俺も皆と一緒にパターの練習をした。その内に八人全員集まった。