Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第5回

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 俺はその出来上がったばかりの名刺を持って、早速、山城病院に出向いて行く事にした。山城病院について玄関口から中へ入ると、病院の中は今インフルエンザが流行っているせいか、患者さんで込合っていた。俺は受付カウンターへ真っ直ぐに進み、受付カウンターに置いてある用紙に自分の名前を記載し、診療という欄に丸印をつけた。用紙への記載が終わると待合ロビーのソファーに腰掛け、池田ゆかりが何処かに居ないか、辺りを何気なく見回した。診察を受ける患者さんが多いせいか、看護婦さんたちも忙しそうに動き回っていたが、池田ゆかりの姿は見かけることが出来なかった。俺はこんなにも患者さんが多ければ、自分が診療を受けるまでには相当、時間がかかるだろうなと思いながら、待合ロビーに設置してあるテレビに目をやった。点けっぱなしになっているテレビではお昼のワイドショー番組をやっている。俺はしばらくの間、そのワイドショー番組を見ていたが、芸能界の事については疎いせいか、すぐに飽きがきた。俺はソファーから立ち上がり、タバコを吸う為に、このロビーの中では唯一隔離してある喫煙所へ向かった。その喫煙所はロビーの一番西側に位置している。行く途中で、ナースステーションの前を通り過ぎた。歩きながら、ナースステーションの部屋の中をちらっと見てみると、池田ゆかりがそこに居た。俺は胸にときめくものを感じながら、その場をゆっくりと通り過ぎた。喫煙所の中でタバコを吹かせながら、窓ガラス越しに彼女が部屋から出て来ないか、チェックする。タバコを一本吸い終わっても、彼女は姿を現さなかった。俺は二本目のタバコには火を点けずに、その密閉された居心地の悪い場所から外へ出た。帰り際に、ナースステーションの中を再び覗いてみる。今度は池田ゆかりが一人だけで事務作業をしていた。俺は思い切って、彼女に話しかけた。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第6回

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「すみません、この前はありがとうございました」
小窓を少し開け、そう彼女に話かけると、彼女は訝しげに俺の方を振り向いた。彼女は初め、俺の事が誰だか判らないでいたみたいだが、しばらくじっと俺の顔を見つめ、やっと思い出したらしく、この前の魅力的は笑顔に戻り応答した。
「あら、熱の方はもう下がりました?」
「えー、点滴が効いたらしく、もう ピンピンしてますよ。それに貴女がやさしく介護してくれたお陰かな」
彼女はくすっと笑って、
「私、ただ点滴の準備をしただけですわ」
と言った。俺は今がチャンスと思い、
「俺、加納竜也といいます。この前は名前も言えなかったから、今日は俺の名刺、貰っていただけますか?」
と彼女に言った。彼女は、にこっと笑い椅子から立ち上がると俺の方へ近づいてきた。彼女が俺たちを隔てていた小窓を全開にすると、二人の距離はぐんと近く感じられた。俺は彼女に微笑みかけながら、名刺を手渡した。彼女は俺の名刺を受け取ると、それを眺めながら話しかけてきた。
「加納さんって、建築デザインの仕事をしてらっしゃるんですね。私の父も池田設計事務所って言って、建築関係の仕事をしているんですけど、知ってらっしゃいますか?」
「えー、有名だから名前だけは聞いたことありますよ」
池田設計事務所は、ほとんど仕事の依頼が来ない俺の事務所と違い、この田舎ではちょっと名前の知れた設計事務所であった。しかし今まで、いい加減な気持ちで仕事をしてきた俺は、同業者がどんな仕事をしているのか無頓着だった。それゆえに、同業者どうしの付き合いも今までに全くしたことが無い。
彼女は俺の応答に頷きながらも、再び名刺を見て、
「建築デザイナーって仕事は、素敵な仕事だと思いますわ。何にも恥ずかしい事などないと思いますけど!」
と言った。俺はそういう意味じゃないんだよと思いながら、
「名刺の裏側を見てください」
と言った。


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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第7回

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彼女は俺から促されるまま、名刺の裏側を見た。彼女はそれを見て、急に声に出して笑い出した。笑い終わると、再び、真面目な面持ちに変わり、色っぽい目で俺の目を見つめ返してきた。俺はその色っぽい目に悩殺され、しばらくの間、何も言葉を発する事ができなかった。完全に彼女のペースに嵌っている。俺が何も言えずに、ただぼーっと立ち尽くしている間に、他の看護婦さんが二人、ナースステーションに帰ってきた。俺は彼女から電話番号を聞くチャンスを失った。彼女は流し目を送りながら俺に背を向けると、自分のディスクへ向かって歩き出した。俺は彼女の背中越しに、
「俺、今から診療ですから、帰りに又ここに寄ります」
と告げた。彼女は一回、俺の方を振り向き微笑むと、またすぐに俺に背を向け自分の席についた。
  俺の体もほとんど完治していたせいか、診療時間の方は短かった。診療までの待ち時間は一時間近くもかかったが、診療時間はたったの五分そこそこだった。診療を受けることが目的で最初からこの病院に来た訳ではないので、俺としては逆に助かった。俺は先生に頭を下げると、診療室から外へ出た。その時、たまたま池田ゆかりと再びすれ違った。俺は彼女を呼びとめ、先程の質問の回答を聞いた。彼女は困ったような顔をして、
「私、加納さんの事、ユーモアがあって愉快な人だとは思いますけど、この前、お会いしたばかりですし・・それに私、仕事以外にもする事がいろいろあって、とても今、男性と付き合っている暇がないんです」
と申し訳なさそうに言った。彼女はそう言った後に、俺の落胆した表情から俺の気持ちを察してくれたのか、
「でも、私の父と同じお仕事ですし、又何処かでお会いする機会もきっとあると思いますわ。その時は、ゆっくりとお話しましょうね。ごめんなさい、今日はとても忙しくて・・」
と言って、足早に病室の方に向かって去っていった。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第8回

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 俺は病院から事務所へ帰る車の中で、池田ゆかりが俺に言った、全ての言葉を一字一句間違わないように思い返した。今日は惨敗であったが、全く脈が無いわけではないと思った。今後、何回か話す機会があれば、俺の良さを理解してくれるかもしれない。しかし今までも病院に縁の無かった俺が、彼女に会う為だけに病気を作ってあの病院へ行く訳にもいかない。俺は他の方法で彼女に接近する手段を考えながら、車を走らせた。考えていると、いろいろな事が頭の中をよぎる。建築デザイナーという肩書きの名刺を彼女に渡したからには、彼女は父親に俺の事を聞くかもしれない。たとえ聞いたとしても俺の事を知っている筈も無いのだが、彼女の父親が俺の事を全く知らないと言うのも、なんとなく癪に思えた。名前ぐらいは聞いた事があると言われるぐらいの事務所にしなければいけないなと俺は初めて思った。
 いろいろと考えている内にも、車は事務所の駐車場に到着した。車を降りて、郵便受けを見てみると、書類封筒が三通と葉書が二枚入っていた。俺はその郵便物を片手に入り口の鍵を開けた。事務所の中に入ると、自分のディスクの上にその郵便物を放り投げ、冷蔵庫の中を覗いた。牛乳瓶とソーセージを二本、冷蔵庫の中から取り出す。俺はソーセージを食べながら、先程の郵便物に目を通した。書類封筒は三通とも、何処かの余り興味のない品物のダイレクトメールだった。葉書の一枚は電気料金の明細書で、もう一枚は宮崎相互銀行からのゴルフコンペの案内だった。俺はゴルフコンペの案内を見ながら、事務所の営業もかねて、ゴルフでも行ってみようかと思った。この田舎には俺の同級生や幼馴染の人間はいたが、仕事につながりそうな人間を俺は全く知らなかった。宮崎相互銀行と言えば、俺の所有するアパートの家賃が振り込まれる銀行だ。ひょっとしたら、いいお得意さんを紹介してくれるかもしれない。俺はゴルフコンペに参加するという欄に丸をつけ、葉書をだす事に決めた。そのゴルフコンペは今日からちょうど一ヶ月後だった。