Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第53回

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 喫茶店の中には客が誰もいなかった。俺はコーヒーカップを洗っているマスターと向かい合ってカウンター越しに座った。マスターは俺の顔を見て、
「相変わらず、暇そうだね」
と微笑みながら声をかけた。
「失礼だな。俺はマスターが暇にしているといけないと思ってわざわざ忙しいところを来てやっているのに、そんな言い方はないでしょ」
「あーそー、それはどうもありがとう。それだったら竜ちゃん、なんか注文して」
「俺、昼飯まだだから、何か食べるもの作れる?」
「ピラフぐらいなら作れるけど、それでいいかい?」
「オッケイ、その代わり大盛りね」
「はいはい」
マスターはそう言うと厨房の中へ消えていった。俺はカウンターに置いてあった雑誌に目をやった。地中海のカフェバーの特集をしていた。多分、暇なときにマスターが目を通していたに違いない。
「マスター、こんな景色のいいところで飲むコーヒーは一段と美味しいだろうね」
俺は厨房の中へ向けて大きな声で話しかけた。
「えー、何の話だい?」
「この雑誌に載っている地中海のカフェバーの話だよ」
「あー、最高だろうね。私もそんな所でコーヒーを飲ませてやりたいよ」
マスターは厨房から少しだけ顔を覗かせ、俺の顔を見てそう言った。それからピラフが出来上がるまでの間、その雑誌に目を通した。建物自体も地中海の海と空の青さに絶妙にマッチしていた。石畳の道端に突き出したカフェテラスが自然と一体となっていて地中海の香りがコーヒーの中にまで溶け込んでいそうな雰囲気を醸し出している。そこには無機質な物体とは無縁の非常に温かみのある人間味溢れるドラマがあるように感じられた。日本の建築物は尊厳さは持っているものの、余りにも無機質で表情の冷たい建物が多いなと思った。特にパチンコ屋さんは、きらびやかで、にぎやかなだけで、キャバレーかなんかの呼び込みをしているみたいだ。その証拠に昼間の表情はやけに冷たく感じる。俺は今回の設計に際して、地中海風建物にしようと心に決めた。
 その雑誌を見ながら、物思いにふけっている間に、マスターが出来たてのピラフを持ってきてくれた。
「竜ちゃん、えらくそのカフェバーが気に入ったみたいだね。今度、店、改装する時には竜ちゃんに設計頼むから、地中海風建物にしてくれよ」
「それは有り難い事だけど、こんなにも暇だったら、いつになることやら」
「それもそうだ」
二人は声を出して笑った。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第54回

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 俺はピラフを食べ終わると、いつものように長居をせずに勘定を済ませ店を出た。そして事務所に帰る途中、吉川さんのパチンコ屋の前を通り過ぎた。パチンコ屋の建物と川を挟んで反対岸に車を止めて眺めてみる。リバーサイドの建物として地中海風建物も悪くはないなと思った。レストランかパチンコ屋か判らないような建物も悪くは無い。三十分ぐらいじっくりと眺め、ある程度イメージが固まると、車を事務所に向けて走らせた。事務所に着くと、図面は描かずにイメージをデッサンしていく。夢中でデッサンを何枚も描いた。出来上がったデッサンを何枚かコピーし、イメージの色に塗っていく。集中して作業したおかげで十数枚のイメージプランが出来上がった。やれやれやっと少しずつ形になってきたなと思いながら、壁に掛かった時計を見てみる。もうすでに午後九時だった。俺は急いで支度し、ゴルフ練習場へ向った。練習場の中は時間帯も遅いせいか、練習客もまばらだった。今日は昨日買ったばかりのドライバーの試し打ちをする為に来たが、まず肩慣らしに七番アイアンで昨日の復習をする事にした。
 テークバックから体がぶれないようにしてイメージだけでリズムをつけて振ってみる。一球目からいい球が飛び出した。今度はアメフトを意識してアメフトでボールを遠くへ投げるイメージで振ってみる。まず両足を一番力の入る広さに開いて両親指に軽く力を入れて腰を固定する。そして体の回転を早める為に、右足から左足に体重移動するときに、リズムカルに右足のばねを使う。体はリズムカルに回転した。ところが飛び出したボールは極端にフックした。「うん、いけねー。左の壁が開きすぎ」俺は変なボールが出るたびに、チェックポイントを思い出して振った。ボールは百四十ヤードぐらいしか飛ばないが、今までと比べたら極端に飛ぶようになった。ボールも勢いのある球が真っ直ぐに飛んでいっている。アイアンは度素人の域を脱したなと自分自身で満足し、続いて昨日買ったばかりのドライバーを練習する事にした。アイアンショットと同じリズムで振りぬく。思いっきりダフってしまった。ボールより十センチほど手前を打っている。二打目も全く同じだった。何故、ダフってしまうのか原因が判らなかった。俺は続けざまに打ち続けた。しかし結果は同じだった。ひょっとしたらこのドライバーが俺には合わないのかもしれないと思い、練習するのをとりやめ中山を探した。中山は外でアプローチの練習をしていた。十メートルぐらいの距離を黙々と練習している。俺はとりあえず残り三十球ぐらいのボールを全て打ち終わるまで話しかけずに見守った。全てのボールを打ち終わると逆に中山の方から俺に話しかけてきた。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第55回

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「おい、加納、今日は来るのが遅かったじゃないか」
「あー、ちょっと急ぎの仕事がはいっていてね・・そんな事はどうでも良いんだけれど、俺のドライバーショットをちょっとチェックしてくれないか」
「どうした?あのドライバー、余り良くないか?」
「あー、全てのショットがダフってしまうんだよ」
「判った。見てやるよ。もうアプローチの練習終わるから、ボールの回収を手伝え」
俺は中山とグリーンへ行き、八十球近いボールの回収を手伝った。回収が終わると、ボールの入ったかごを練習場の中へ持って入った。
「俺、ちょっと手を洗ってくるから、お前、先に行っとけ。すぐ行くから」
俺は言われたとおり先に行って、彼が来るまで又何球か打ってみることにした。やっぱりダフる。訳が判らない。それから四、五球打った所で中山が現れた。
「おい、打ってみろ」
俺は打って見せた。ダフる。
「もう一球打ってみろ」
またもやダフる。
「それじゃーな。今度は七番アイアンを打ってみろ」
先ほど練習しただけあって、ナイスショットだった。
「いいじゃないか。振るリズムも掴んだみたいだな」
「アイアンは打てるようになったと自分でも思っている。だからアイアンではなくてドライバーが判らないんだよ」
「加納、お前にとってアメフトが一番判りやすいと思うんだけれど、近くに早いボールを投げる時と、遠くへロングボールを投げる時と投げ方がどう違う?」
「近くへ早い球を投げる時には、早い回転で目標物に対してクイックに投げるなー」
「リリースポイントはどうだ?」
「目標物に正対するまで、ぎりぎりまで遅らせるなー。その方がコントロールがつくしな」
「それじゃ、ロングボールを投げる時はどうだ?」
「体の回転はぎりぎりまでおさえて、ボールを大きく投げる瞬間に一揆に回転させるなー。リリースポイントは近くに投げる時よりも、早いな。頭の上に来た時には、投げている感じかな」
「ゴルフも同じさ。ドライバーもアイアンも打ち方は同じなんだけど、ドライバーはシャフトが長い分、大きく振り出して早くクラブヘッドを始動させてやらなければいけないんだよ。そして回転と同時に一揆にボールに対して振りぬく。お前がドライバーがダフるようになった原因は、アイアンショットが理にかなった打ち方をするようになった証拠だから心配しなくていいよ」
俺は中山が言っている事が今ひとつ理解できなかった。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第56回

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「だからドライバーはどうやって打てばいいんだい?」
「アイアンみたいにボールを打ち込むんではなくて、ボールを意識せずにドライバーを遠くへ頬リ投げるように振ってみろ」
俺はそのように振ってみた。ボールはトップってしまったが、今までのようにダフらなかった。
「おい、今のはヘッドアップして体の上下がぶれたから、トップったんだぞ。打ち方のポイントはアイアンと全く一緒だ」
もう一球打ってみる。ナイスショットだった。ボールはネットの下段に当たった。
「わーお、このドライバー飛ぶなー」
「何となくイメージが掴めたか?一球だけドライバーショットを見せてやる。ちょっとそのドライバー貸してみろ。一球しか打たないから、ちゃんと見とけよ」
俺は目を凝らして中山のショットを見守った。テークバックから腰の回転によって一揆にドライバーを振りぬく。打った後のフォロースルーがものすごく大きかった。ボールはネットの上段に突き刺さった。中山のショットは何回見てもすごかった。
「判ったか。アイアンと一緒で体がぶれないようにしないとな。ドライバーの場合、ちょっと体がぶれるとシャフトが長くて遠心力が掛かる分、アイアンより曲がりやすくなるからな。後はお前の練習次第だ」
中山はそう言うと、練習場の片付けを始める為にロビーの方へ帰っていった。帰り際に、
「俺が車で練習場内のボールを回収するのを始めるまで、打ってていいから」
と言ってくれた。俺は中山にお礼を言うと、閉店ぎりぎりまでドライバーの練習をすることにした。中山のスイングのようにフォロースルーを思い切って大きく取ってやる。意識してフォロースルーを大きく取るよりも、クラブヘッドがボールを通過した後、クラブを遠くへ投げ捨てるイメージでやったほうがボールも飛ぶし、かえってフォロースルーも大きくなることが判った。三十分ぐらい打ち続けるとドライバーショットも安定してきた。ドライバーショットがまともに当たりだすと、買い換えて良かったという気持ちになった。クラブヘッドが木製よりもスチールの方が、打った感触も飛ぶような気がする。
 今日の練習はいろいろと収穫があった。ドライバーもアイアンも見違えるほど、上手くなったような気がする。俺が椅子に座り満足感に浸っていると、中山が練習場内に車を乗り入れて来た。俺は片づけが終わると、中山に手を振って練習場を後にした。