喫茶店の中には客が誰もいなかった。俺はコーヒーカップを洗っているマスターと向かい合ってカウンター越しに座った。マスターは俺の顔を見て、
「相変わらず、暇そうだね」
と微笑みながら声をかけた。
「失礼だな。俺はマスターが暇にしているといけないと思ってわざわざ忙しいところを来てやっているのに、そんな言い方はないでしょ」
「あーそー、それはどうもありがとう。それだったら竜ちゃん、なんか注文して」
「俺、昼飯まだだから、何か食べるもの作れる?」
「ピラフぐらいなら作れるけど、それでいいかい?」
「オッケイ、その代わり大盛りね」
「はいはい」
マスターはそう言うと厨房の中へ消えていった。俺はカウンターに置いてあった雑誌に目をやった。地中海のカフェバーの特集をしていた。多分、暇なときにマスターが目を通していたに違いない。
「マスター、こんな景色のいいところで飲むコーヒーは一段と美味しいだろうね」
俺は厨房の中へ向けて大きな声で話しかけた。
「えー、何の話だい?」
「この雑誌に載っている地中海のカフェバーの話だよ」
「あー、最高だろうね。私もそんな所でコーヒーを飲ませてやりたいよ」
マスターは厨房から少しだけ顔を覗かせ、俺の顔を見てそう言った。それからピラフが出来上がるまでの間、その雑誌に目を通した。建物自体も地中海の海と空の青さに絶妙にマッチしていた。石畳の道端に突き出したカフェテラスが自然と一体となっていて地中海の香りがコーヒーの中にまで溶け込んでいそうな雰囲気を醸し出している。そこには無機質な物体とは無縁の非常に温かみのある人間味溢れるドラマがあるように感じられた。日本の建築物は尊厳さは持っているものの、余りにも無機質で表情の冷たい建物が多いなと思った。特にパチンコ屋さんは、きらびやかで、にぎやかなだけで、キャバレーかなんかの呼び込みをしているみたいだ。その証拠に昼間の表情はやけに冷たく感じる。俺は今回の設計に際して、地中海風建物にしようと心に決めた。
その雑誌を見ながら、物思いにふけっている間に、マスターが出来たてのピラフを持ってきてくれた。
「竜ちゃん、えらくそのカフェバーが気に入ったみたいだね。今度、店、改装する時には竜ちゃんに設計頼むから、地中海風建物にしてくれよ」
「それは有り難い事だけど、こんなにも暇だったら、いつになることやら」
「それもそうだ」
二人は声を出して笑った。
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