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第1回 第2回 第3回 第4回
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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第45回

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 しばらく三人で雑談をしていると、吉川さんも練習場に現れた。中山が彼に声をかけた。
「おい、純。昨日は加納と一緒に回ったんだってな」
「中山プロ、加納さんの事、知っているんですか?」
「俺たちは小学校時代の同級生だよ。ところで昨日、変な奴と一緒に回ったんだって?」
「橘さんって知りませんか?でもゴルフのハンディーが十八だから知らないでしょうね」
「ハンディー十八って言ったら、丁度ゴルフが判りだして楽しい時期だな。それでどんな事があった?」
吉川さんは昨日のラウンドの一部始終を掻い摘んで中山に話し出した。中山とゆかりさんはその話を聞きながら、笑っていた。俺はそんなに面白い話じゃないだろうと少し剥れたが、一通り話を聞き終わると中山は、
「俺、こいつらにゴルフ場の本グリーンで一度教えてあげたいんだけど、ゆかりちゃん、今週時間取れない?」
と彼女に話しかけた。
「えー、今週でしたら、木曜日が夜勤ですから金曜日の午後からでしたら、大丈夫だと思います」
「それじゃ、金曜日の午後二時から高尾カントリークラブでハーフだけ回ろうか?加納と純も時間取れるか?」
俺はゆかりちゃんと一緒に回れると聞いただけで心がときめいた。剥れた気分などいっぺんに吹っ飛んだ。行けるかどうか迷っている吉川さんに対して、たたき台の図面を金曜日までに仕上げるから、その打ち合わせと言う事で、半ば強引に吉川さんにも承諾させた。
「どうれ、俺は午後七時からゴルフ教室だから飯食ってくるわ。ゆかりちゃん、加納もゴルフに興味を持ち始めたみたいだし、加納のスイング、ちょっとだけ見てくれるかな?」
「私でよければ」
中山は俺たちにそう言うと、練習場から出て行った。あいつは本当にいい奴だ。俺のゆかりさんへの想いを理解して、彼女にそう言ってくれたに違いない。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第46回

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「それじゃ加納さん、七番アイアンを振ってみてください」
彼女から言われたとおり、七番アイアンで素振りをしてみせた。
「今度はボールを打ってみてください」
打ったボールは真っ直ぐに飛んでいった。続けて五球打ってみる。全てのボールが真っ直ぐに飛んでいった。
「いいじゃないですか。私の教えることなどありませんわ」
「なにかアドバイスしてくれる事ないですか?」
「スイングも基本どうりにしっかりしているし、後は練習次第ですわ」
少々、拍子抜けした。もっといろいろと手取り足取り教えてくれると思ったのに・・
「それじゃ、ゆかりさん、一球だけ七番アイアンのショットを見せてくれませんか?」
「そんな人に見せるようなショットではありませんけど」
彼女はそう言いながらも、俺の場所に来て、七番アイアンのショットを見せてくれた。彼女から打ち出されたボールは高い弾道を描いて真っ直ぐに飛んでいった。俺のボールと基本的に違うのは、弾道の高さと飛距離だった。ボールは俺のより十ヤードほど飛んでいる。俺の方が確実に彼女より力があるはずなのに、なんで俺のボールより十ヤードも飛ぶんだろうか?その素朴な疑問を彼女にぶつけてみた。
「ボールの飛ぶ要因はいろいろあると思うんですけど、私と加納さんの違いは、ボールのミート率とクラブの違いだと思いますわ。ボールへのミート率は練習を重ねれば、確実に上がっていくと思いますわ。でも加納さんのクラブは、くすっ、余りにも古風過ぎますわ」
彼女は笑いをこらえながら言いにくそうにそう言った。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第47回

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「ゆかりさんはどこのクラブ使ってるんですか?」
「私はキャロウエイを学生時代から使っていますけど、今、クラブは日に日に進化していますから、一度、中山プロにご相談されたらいかがですか?」
「俺もクラブ、買い換えた方がいいですかね?」
「そうですわね。少なくてもドライバーだけは買い換えたほうがいいかもしれませんね」
一人で黙々と練習をしていた吉川さんも俺たちの会話を聞いていて、
「竜ちゃん、俺もそう思うわ」
と言った。俺は二人からのアドバイスを受け、今日、帰る時にキャロウエイの中古のドライバーを買って帰ろうと心に決めた。それからゆかりさんにスイングする時にどういう点に気をつけて振っているのか聞いてみた。
「この頃はスイングするリズムだけを考えて練習していますけど、学生時代はいろいろチェックポイントを教わっていましたから、今でもショットが乱れてくると、そのポイントだけは再度チェックしなおしますね」
「へー、俺にもそのチェックポイントを教えてもらえませんか?」
「人それぞれに体型も違いますし、体の柔軟性も違いますから一概には言えないと思いますので、参考程度に聞いててくださいね」
「はい」
俺もゆかりさんの前ではやけに素直だ。ゆかりさんは今、手に持っている七番アイアンでスイングを交えながら、判りやすく教えてくれた。
「私の気をつけている事は、まず、ボールにセットされたクラブの始動に際して、体に平行になるべく長くパターみたいに引く事。それからテークバックでトップに入った時に、右膝が正面を向いていて決して右に開かない事、そしてその時に左肩が十分に顎の下まで回っている事、トップから切り返しの時にリズムカルである事、そしてボールを打ちにいく時に体が上下左右含めてぶれない事、そうそうその時に右脇が開かない事も必要ですわ。右脇が開いてしまいますと、アウトインにクラブが入りやすくなると思います。そしてインパクトの瞬間までボールから目を離さない事、その後はなるべく大きくフォローを取ろうとしています。最後に完全に腰が回ってしまうまで、左膝が左に開かないように気をつけています。左の壁が崩れると、左にフックボールが出る事が多いですから」
「わあー、いっぱいありすぎて判んないや。紙に書いていいですか?」
「加納さん、これはあくまでも私の気をつけている事ですから、加納さんの場合、違うかもしれませんからね」
彼女はそう言いながらも、椅子に腰掛けメモ帳に書き留めようとしている俺の隣の椅子に腰掛け、親切丁寧に先ほどと同じ事を繰り返し言ってくれた。俺に話しかけている彼女の顔が俺の目の前、数十センチのところにある。彼女から放たれるいい香りが漂う。俺はいつまでもこのままの状態でいたい気がした。それゆえ自然とメモを取るスピードも遅くなる。しかし幾らゆっくりとメモっても、それほど時間はかからなかった。彼女から言われた全ての事を書き留めると、俺は彼女にお礼を言った。彼女はなんとも言えない優しい目で俺の顔を見てにこっと笑った。なんて素晴らしい笑顔だろう。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第48回

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「加納さん、後は練習あるのみですよ。頑張ってくださいね。私も金曜日の日楽しみにしてますから・・」
彼女は笑顔でそう言うと、ゴルフバックを持って外の方へ出て行った。今日は外でアプローチの練習をするらしい。俺は彼女が目の前から消えた後もその余韻に浸っていた。そのまま椅子に腰掛け、ぼーっとしていると、吉川さんが、
「竜ちゃん、彼女から教えてもらえてよかったね」
と話しかけてきた。
「吉ちゃん、池田ゆかりさんって、よく知っている人?」
「俺は余り親しくないけど、うちの社長なんかは、たまに一緒にゴルフコースを回っているみたいだよ」
「へー、吉ちゃんは彼女と一緒に回ったことはないの?」
「俺みたいに下手な人間は、一緒に回るなんて無理だよ。彼女と回る人たちは皆シングルの人たちだしね。しかもローシングルの人たちね」
「それじゃ、俺たちもローシングルを目指して頑張ろうよ!」
吉川さんはただ笑っているだけで、何も答えなかった。俺は当面の目標が出来たと思い、頭の中をゆかりさんの事からゴルフ練習の事に切り替え、七番アイアンを手に取り立ち上がった。先ほどのチェックポイントを回顧しながらクラブを振ってみる。俺のスイングはチェックポイントを全て無視していた。テークバックで右膝は右のほうに三十度に開き、そこから切り返しのリズムもあったもんじゃない。一揆に手で振り下ろし、ボールへのインパクトの瞬間にはもうすでに顔は前方の方を向き、体は開いて、左膝は四十五度、左側に動いている。「そうか、だから俺のボールは飛ばないんだな」と思い、今度はチェックポイントの一つ一つを取り上げて練習することにした。まずテークバックで右膝が正面を向いて動かないところでトップの位置を固定する。そういう風にすると、左の肩が全然回らなかった。それにクラブを振り下ろすパワーが足らないような気がして物足りなさを感じた。俺は吉川さんに、
「吉ちゃん、ちょっとトップの位置をみていてくれる?」
と言って、今まで振っていたトップの位置と右膝を固定した時のトップの位置の二通りの形を作って見せた。
「俺もよく判らないけど、格好は後の方がいいね。だって初めのトップの位置の時は、クラブヘッドが地面の方を向いているもん。何でそこまで体を回すのって感じ!」
「あっそう、じゃあーさー、さっき、ゆかりさんが言った通り素振りしてみるから、見ててくれる?」 俺はそう言って、全てのチェックポイント通りに素振りをして見せた。