Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第37回

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カートがクラブハウスに辿り着くと、俺たちは洗面所で手を洗い、二階のレストランに向った。橘さんだけが俺たちの後から着いてくる。テーブル席に着くと、ビールとつまみを皆一品ずつ注文した。俺たちが皆で乾杯を済ませ、しばらくすると銀行の営業マンが橘さんの所へ近づいてきた。俺の知らない営業マンだ。
「橘社長、今日のスコアはどうですか?」
「どうもこうも無いよ。君が度素人の人間を俺たちの組に入れてくれたおかげで、散々な結果だよ」
「スコアカード見ていいですか?」
黙っている。その営業マンはそれを了解したものと判断し、スコアカードを見た。
「五十ですか。橘社長にとっては悪かったですね」
「だから言っただろう。散々な結果だって」
「まあ、後半は頑張ってください。優勝候補の筆頭なんですから」
彼はそう言うと、機嫌が悪そうにしている橘さんの元を離れた。続いて橘さんの友達らしい年配の人が近づいて来た。 「おい、どうだった」
彼はそう言うと、スコアカードを手に取りスコアを見た。
「五十か。俺が四十三だから、二千百円の勝ちだな」
彼はそう言いながら、橘さんの顔を見てニヤニヤ笑った。橘さんは苦虫をかみ締め、俺の方を横目でチラッと見た。俺はそれに気づかない振りをして、吉川さんに話しかけた。
「吉川さん、吉川商事って具体的にどう言う仕事をしているんですか?」
「うちは、パチンコサービス業です・・あーそう言えば、加納さんは建築のデザインの仕事をしてるんですよね?今度、うちの大王店の方を改装しようと思っているんだけれど、改装工事なんかも図面描いてくれるんですかね?」
「勿論ですよ。今、暇にしているから、こちらこそ宜しくお願いしますよ」
「それじゃ、ゴルフ終わったら、うちの店に一緒に行きましょうか?」
「吉ちゃん、施工する時には、給排水設備工事はうちに頼むわよ」
思わぬ仕事の依頼が舞い込んだ。今日はゴルフは出来るし、仕事の依頼は来るし、最高の一日だ。ただどうも肌に合わない、橘さんの存在を抜きにして・・でも吉川さんも彼の事を余りよく思っていないのかもしれない。現に俺には仕事の話をしたが、橘さんには自分の隣に座っているにもかかわらず、一切仕事の話をしなかった。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第38回

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 しばらくの間、俺たち三人で話し込んでいると、いつの間にか橘さんは自分の席を離れ、何処かにいなくなってしまった。
「橘さん、いなくなっちゃいましたけど、何処へ行ったんでしょうね」
俺がそう吉川さんに話しかけると、
「今日は同業者の友達もいっぱい来てるし、何処かで酒でも飲んでいると思うから、気にしなくていいと思うよ。それにあんなにぶすっとしていたら、こっちもあんまり面白くないしね」
「そうよ、そうよ。大体、橘さんっていつも気分屋さんで、私、ああ言う人苦手だわ」
久保田さんもそう応答した。
「でもその原因を作ったのは俺だから、なんか気まずいですよね」
「加納さんも今日初めてのゴルフなんだから、そんなに気にしなくていいってば!大体何かに気をとられて、自分のスコアを崩す事自体、自分の実力がそれだけしかないと言う事なんだから」
久保田さんって本当に竹を割ったような性格だ。でもその一言で救われたような気がした。俺たちは焼酎のロックを飲みながら話が弾んだ。後半のスタート時間が近づく頃には、もうすでにほろ酔い加減だった。
 クラブハウスから外へ出ると酔っているせいか、太陽がやけに眩しく感じた。インの十番ホールでティーアップしている人たちも、ちょっと酔っているのか、やけににぎやかに談笑している。前半スタート時の緊張感と比べて皆穏やかな顔をしてリラックスしているように見えた。俺たちは前の組がスタートしていくと、十番ホールに集まった。橘さんだけがまだ来ていない。オーナーは吉川さんである。吉川さんはティーアップを済ますと、素振りをしながら、前の組が二打目を打つのをずっと眺めていた。そして前の組が打ち終わったのを確認するとドライバーショットを打つ体勢に入った。酒に酔うと、魚釣り打法に一段と磨きがかかっているみたいだ。ドライバーのクラブヘッドが前半より一段と小刻みにピクリピクリと動いている。なんか見ているだけで笑いを誘う。それから一旦クラブヘッドが静止し、いきなりボールを打った。ボールは軽いドローを描き、フェアーウエイとラフの間で止まった。ボール自体は少々ダフリ気味で、余り飛ばなかった。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第39回

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 次は橘さんの番だったが、未だ来ていないので俺から打つように久保田さんが言った。俺はティーアップを済ませ、打つ体勢に入った。すると橘さんがティーグランドに走りこんで来て、
「俺の番だろう」
と声をかけた。でも振り上げたクラブは途中で止めることはできなかった。そのままボールまで振り下ろされ、ボールにヒットした。ボールはスライスし、右側のOB杭ぎりぎりの所で止まった。OBにならなくて良かった。俺は橘さんに謝ろうとしたが、橘さんのにやついた顔を見て止めた。わざと打つときに声をかけたのかもしれない。橘さんはティーアップするときに、
「OBにならなくてよかったな」
と声をかけた。でも顔はニヤニヤ笑っていた。橘さんはそれから無言でティーショットをしたが、ムカつく事にそれがナイスショットだった。でも誰もナイスショットと声をかけなかった。皆、無言のまま赤マークのティーグランドまで移動した。そこで久保田さんもティーショットを打った。ナイスショットだった。俺と吉川さんは「ナイスショット」と声をかけてやった。彼女も喜んでいた。やっと皆に少し笑顔が戻った。
 後半のラウンドはこのなんとも言えない険悪なムードの中でスタートした。そんな中、橘さんは俺に対して、後半はものすごく口うるさかった。俺のショットがちょっと曲がると最低三本のクラブは持って走っていけだとか、バンカー内で少しクラブヘッドが砂に触れると二ペナルティーだとか、一番ムカついたのは俺のボールがラフに入って見つからなかった時に、一緒に探してもくれないくせに、時計ばかりを気にしてて、五分たつとロストボールだからティーグランドまで引き返して打ち直して来いと言われた時だ。さすがの俺もこいつとは二度と一緒にゴルフはしないと心に決めた。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第40回

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 最終十八番ホール、橘さんがオーナーでドライバーショットを打ったが、てんぷら気味で余り飛ばなかった。ボールもラフの中へ入っていってる。一番最後にティーショットを打った俺はボールを橘さんの顔と想定して渾身の力で振りぬいた。今日の中で一番素晴らしいショットだった。橘さんのボールより五十ヤードほど前の方に飛んでいっている。初めから彼の顔を想定して全てのドライバーショットを打てば良かった。久保田さんがティーショットを打ち終わると、クラブを三本持って自分のボールの所まで走った。その途中で橘さんのボールが目に入った。俺は橘さんに判らないようにそのボールを踏みつけてやった。どうせ彼とはもう二度とゴルフ場で会うこともあるまい。
 そんな訳で、俺の後半のゴルフは散々だった。ゴルフを楽しむどころか、ボールの所まで走っていく事に必死でとことん疲れた。スコアも六十一だった。重たい足を引きずりながら、やっとの思いでクラブハウスの玄関まで辿り着いた。
 クラブハウスの二階で表彰式が始まると、成績表が皆に配られた。俺はトータル百十七、ネット八十一の五十位だった。その下に未だ四十人ぐらい名前が書かかれている。俺より未だ下手な人がいることが、何となくおかしかった。それから一緒に回ったメンバーをチェックした。なんと久保田さんと吉川さんは二位と三位だった。久保田さんはトータル九十四、ネット六十九、吉川さんはトータル百六、ネット七十。俺は久保田さんと吉川さんに「おめでとう」と声をかけた。二人とも嬉しそうだ。それからずうっと下の方を目で追っていく。橘さんは四十一位だった。俺は橘さんの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。多分、もうすでに帰ったに違いない。