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第1回 第2回 第3回 第4回
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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第1回

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 俺の名前は、加納 竜也。年は三十歳。ゴルフのハンディーは十である。ゴルフの魅力に取り付かれて、二年になる。俺は設計事務所のデザイナーとしての肩書きを持つが、そんなに頻繁に仕事の依頼がある訳でもなく、仕事が無い時には、近所のゴルフ練習場か、県内のゴルフ場で芝刈りをしている事が多い。俺は大学の建築学部を卒業すると、東京都内に所在する建設会社へ就職した。その頃、世の中の景気が良かったせいもあって、建築学部の学生は、どこの建設会社でも引っ張りだこだった。俺は中堅クラスの建設会社を選択し、その会社へ入社すると、与えられた仕事は、ほどほどに一級建築士の資格を取る為に、必死になって勉強した。運良く二回目の挑戦で一級建築士の試験に合格した。別段、他の人間より頭が良かった訳ではないが、短期的に集中して勉強できる才能だけは持っていた。そのおかげで、一級建築士の試験には合格する事ができたが、俺の頭の中には、勉強した筈の建築の知識がほとんど残っていない。俺は一級建築士の試験に合格すると、すぐにその会社を辞めて自分の田舎へ帰った。どうも会社に縛られて、日々の生活を送るのが、俺の性分に合わないらしい。田舎に帰って、一級建築士の肩書きだけで食っていけると言うような甘い考えは毛頭持っていなかったが、俺には死んだ親父が残してくれた不動産が田舎にあった。二百坪ぐらいの土地にアパートを立て、そのアパートは全ての部屋が埋まっている。俺はその家賃収入だけで、食っていける身分だ。両親を早く失った替わりに、両親は俺に遺産を残してくれた。俺は田舎へ帰ると、ただぶらぶらと日々の生活を送っても仕方がないと思い、設計事務所の看板を掲げた。看板は掲げたものの、仕事はまったく無かった。仕事が無くても食ってはいけるので、さほど気にも留めていなかったのだが、ある出来事をきっかけに設計事務所としてもある程度、収入があるように努力をするようになった。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第2回

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 その出来事とは、俺が田舎に帰ってきて初めて恋をした事から始まる。俺が恋心を持つようになった女性は病院の看護婦さんだった。俺は大学時代、アメリカンフットボールを部活でやっていたので、体には少々自信があったが、その頃、仕事もなく生活にメリハリがなかったせいか、大学を卒業して以来、久しぶりに風邪を引いた。今までも余り病院には縁がなく、病院と言えば、怪我をした時に行くか、友達の見舞いに行った程度で、今回も薬局屋の市販の薬で治そうと思っていた。大体、あのフォルマリン臭い病院の匂いがどうも好きになれない。しかし今回の風邪は、たちが悪いらしく、市販の薬ではどうも効き目が薄かった。俺は仕方なく、何年ぶりか覚えていないが、重たい体を引きずるようにして病院まで車を走らせた。病院について熱を測ってみると、三十九度近い高熱だった。血液検査の結果、インフルエンザだと判った。どうりで市販の薬で効かないはずだ。俺は一人暮らしの為、ここ二日ほど寝込んでいて、ろくな物を食っていない。普通は高熱なので、注射を打って、薬を貰ったならば、早く家に帰って休まなければいけない所だが、俺は先生に無理言って、ブドウ糖の点滴をしてもらう事にした。先生は快く点滴する事を了承してくれたが、インフルエンザと言う事もあってか、診察室のベッドの上ではなくて、空き部屋の病室のベッドの上で点滴を受けることとなった。俺はその時、点滴の準備をしてくれた看護婦さんに恋心を持つようになった。俺も健康な状態で彼女と最初に出会っていたならば、それほど彼女の事を意識する事もなかっただろうが、意識が熱に犯されて朦朧としていただけに、霞の掛かった俺の目には彼女の姿が色っぽい天使に見えた。


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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第3回

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 彼女の容姿は身長は百六十センチぐらいと普通だが、体は華奢な割りに豊満な胸を持っていた。その豊満な胸から下にウエストはきゅっと締まり、吊り上ったお尻はナース服の上からでも形の良さが容易に想像できた。その吊り上ったお尻からすらりと伸びた足が、膝っ小僧までしかないスカートの先から見える。足首も細く、俺にとって、その時の彼女の姿は理想の女性として、より一段と神秘的に美しく見えた。彼女の顔は清純そうに見え、髪もポニーテールに後ろで結び、笑みを絶やすことなく、看護婦さんとしての仕事を淡々とこなしていたが、いざ俺に話しかけると、その笑顔の中に浮かぶなんとも言えない色っぽい目が、その清純そうな顔と反比例して、女性としてのフェロモンの匂いをぷんぷんと漂わしている。俺はいっぺんに彼女の虜になってしまった。点滴が終わって、その点滴の後片付けをする時も、彼女は俺の前に姿を現したが、俺が彼女に「ありがとうございました」と言うと、なんとも言えない色っぽい目で、俺の目を見つめ返し、「お大事にしてくださいね」と言ってくれた。俺がベッドから起き上がろうとした時も、彼女は俺の体に優しく手を添えて、俺が起き上がるのを手助けしてくれた。彼女のすらりと伸びた指先が、高熱を帯びた俺の体には、ひんやりと冷たく感じられ、彼女が今、俺の体のどの部分に触れているのかが、よく判った。俺はその彼女の手の感触を心地よく感じながら、彼女の上着の胸に取り付けてあったネームプレートを覗き込んだ。彼女の名前は池田ゆかりと言うらしい。
 俺は病院から自宅へ帰り、ベッドに潜り込んでから、熱に唸らせながらも彼女の事が鮮明に俺の脳裏には刻み込まれているのが判った。高熱で体の方は相当きつかったが、そういう気持ちとは別に何か心ときめく物を、朦朧とした心のどこかで感じていた。
「しかし彼女は俺だけではなくて、誰にでもあんなに色っぽい目で、患者さんの方を見つめ返しながら話をするのだろうか?」
俺は「そんなことは無い」とその思い浮かんだ気持ちを否定し、今度、体調が回復したら、もう一度、あの病院へ行こうと心に決め、ゆっくりと体を養生する事に努めた。



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アマゴルファー 加納 竜也は 今日も行く 第4回

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 一日過ぎると、注射と薬が効いてきたのか、昨日までとは嘘のように、熱が平常値まで下がった。でもベッドから起き上がると、まだ頭の中がくらくらした。抗生物質を摂ったせいか、体の方も気だるい気がする。俺は今日一日、自宅でゆっくりと過ごすことにした。店屋物を近くのお店から出前してもらい、それを食べ終わると、またベッドに潜り込んだ。その日は十二時間ぐらい眠り続けただろうか?でもそのおかげで次の日の朝になると、すっかり体調も回復し、俺の体は元の健康な状態に戻っていた。俺はTシャツとジーンズを身に着けると、二日ぶりに自分の事務所へ顔を出した。留守電を聞いてみる。留守電には何のメッセージも録音されていなかった。二日間も事務所を留守にしていたのに、誰からも電話が来ないとは、俺の事務所もつくづく暇である事がよく理解してもらえるだろう。俺はキャドのパソコンの電源をいれて、インターネットに接続した。山城病院と入力し、検索してみる。山城病院として六十三件該当件数が画面に表示された。俺は改めて一昨日、訪れた山城病院の住所を薬袋から探し出し、その住所を入力してみた。すると一件だけ該当する物件にぶち当たった。俺が訪れた山城病院もホームページを開設していた。ホームページの内容は、診療時間や病室の数と言った、ごく有触れた内容だったが、そこに池田ゆかりが勤務していると思うと、ただその変哲もないサイトを眺めているだけで、なんとなく楽しい気分になった。俺はそのサイトを眺めながら、どういう風にして彼女に接近する事ができるか、しばらくの間、考えた。俺の頭の中では、もうすでに彼女は俺の親しい友達になっていた。俺はしばらく考えたあげく、東京に住んでいた時に、何処かでか見かけた記憶のある一枚の名刺をパソコンで作ることにした。俺は名刺の表書きに、「建築デザイナー 加納 竜也」そしてその下に、「恥ずかしいんですが・・」とだけ書いた。そしてその裏側に、「あなたの事が好きです、電話番号を教えてください」と太目の文字で書いた。
出来上がった名刺は、なかなかセンスのある物に仕上がった。俺はその名刺を手に取り、満足のいく出来栄えに一人ニコニコしていた。仕事には身が入らないくせに、こういう事になると、一所懸命頑張る。こう言うことばかり考えているから、お客さんから仕事の依頼も来ないのだろう。