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智雄は人々との話し合いを繰り返した。すぐに賛成してくれる人もいた。最初は彼の話にまともに取り合わない人もいた。しかし移住したいという人が三人になると、残る一人もこの不便な山奥に一軒だけ取り残されてしまうかもしれないという現実に、嫌でも向き合わなければならなくなってきた。特に冬季、この山の中で一軒ばかりでは、果たして無事に生きていけるものかどうか。年寄りもいれば子供もいる。いざというとき、この山中に孤立してしまって動きが取れなくなってしまうのではないか。というわけで、結局、四軒とも一挙に移住しようということになり、昨年秋、みんなで山地から平地へ出てきたのだった。
今ではあの故里はどうなってしまったことやら。いくらか感傷的になって、昔のことを思い出したりする。そこにはまた義母も夫も眠っているのだ。おそらく雪に埋もれてしまっているだろうが、これが過疎の運命なのかもしれない。
二月二十六日である。柏木健一はこれまでの三回のときと同じく、公民館の「女性たちが綴る当地の歴史」の四回目に出席するつもりで出かけていった。この講座は大変勉強になる。地域のこともいろいろ知ることもできる。今回も聴講者は三十人ほど集まっていたが、やはり大部分は六十歳を越えていると見られる女性たちで占められている。健一自身もすでに年金生活である。腰痛に悩まされているのだが、我慢してバスに乗ってきた。
「豪雪と過疎の中に生きた女性たち」という題の下に、講師の話が一時間ちょっと続いた。そこでトイレ休憩である。
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