Creator’s World WEB連載
Creator’s World WEB連載 Creator’s World WEB連載
書籍画像
→作者のページへ
→書籍を購入する
Creator’s World WEB連載
第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

生き甲斐 第5回

LINE

大沢文子の一家は、去年の十一月下旬にこの平地の集落へ引っ越してきたばかりである。
一家は息子夫婦と高校三年の武夫と中学二年の節子、それに文子の五人家族である。
引越し前には山奥の四軒きりという小集落に住んでいた。そのころには武夫は街中に下宿していたし、智雄も街中の会社へ軽トラックで出勤していくのだったが、やはり冬・雪の時節になると、武夫と一緒の部屋に下宿させてもらうのだった。もっとも、そうなると、雪で埋まる山の家には女三人だけということになってしまって、雪堀りや道踏み当番などのきつい作業をこなさなければならなくなるのだった。作業の中心となる嫁の房江はこの状態を嫌がっていた。智雄は休日には帰ってくるが、じっくりと雪作業に取り組んでいる時間などない。すぐにあたふたと街へ下りていってしまうのだった。
  節子にしても登下校は大変な難儀だった。雪の多いころや春先には雪崩の心配もあった。
幸い隣家の娘も中学生で、二人で助け合って雪の道を分校の在る集落までほぼ二キロ、歩きかスキーでいくのだった。
隣集落までの距離がおよそ一キロというのであるから、冬の道作りのための雪踏みは大変厳しい作業だった。雪が中に入らないようになっている作業用の特別長い長靴にカンジキを取り付けて、人一人が通れるばかりの狭い道をつけるだけであるが、吹雪の中、菅笠とアノラックで武装して、ゆっくりと雪を踏んでいった。距離が長いものだから一人では無理だというわけで、二人ずつ当番に当たった。ただし、そうすると四軒ばかりの集落である。降り続くときには一日おきに道踏み当番はやってきた。
  電気だけは引かれていたが、水道も下水道もなかった。井戸水や懸け水に頼る生活だった。



第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

生き甲斐 第6回

LINE

智雄とその妹の世話に明け暮れていたころ―冬になると夫の雄一郎は関東方面へ出稼ぎに行くのだった。現金収入の欲しいのが主な理由だったけれども、もうひとつ大きな理由があった。それは雄一郎のように特にどこかの会社に勤めているわけでもない人にとっては、冬季は多く雪を相手の日々を過ごしたり、わら細工をしたりといったところである。したがって、妻がひとふん張りしてくれて、彼女に雪の処理を任せてもよいということになれば、本人は現金収入を得ることのできる出稼ぎに回ることができた。また、そうしないと、ほかの家の旦那衆が出稼ぎに行っているという状況では、自分ひとりだけ怠け者のように見られてしまいやすいのだった。このように「他に合わせる」ことの強い必要性―それは集落が小さいこと、付き合いが狭いことからくる大きな束縛だった。
雄一郎が出稼ぎに行ってしまうと、彼の帰ってくるまでの冬季・最も辛い時節ほぼ五ヶ月間というもの、家事一切が文子と義母の肩にかかってくるのだった。家屋内のことはもちろん、雪掘り、玄関前の道付け、道踏み当番などである。
文子は智雄たちが手のかからなくなった四十歳かけ回りから六十歳頃まで、俳句を楽しんでいたことがある。一冊の歳時記を頼りに、自己流とは言うものの盛んに自然を詠んでいた。新聞への投稿に喜びを見出して、希に入選して掲載されると、嬉しくて集落中の人々に見せて回ったりした。



第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

生き甲斐 第7回

LINE

やがて智雄は会社勤め、雄一郎と房江は田畑、文子自身は孫相手の日々がやってきた。しかしその安らぎの月日の間にいつの間にか進行していた胃がんのために雄一郎は突然のように逝ってしまった。いきなり夫に逝かれてしまって、文子はしばらくは気の抜けたままだった。何もする気にならなかった。その無気力な日々は文子から俳句を詠む楽しみ・ゆとりも奪ってしまった。そのまま文子は今でも俳句を詠んでいない。思い返してみれば、それまでの自分の日々は動的で明るいものだったと思う。
すでに九十歳になろうとしていた義母にとって、息子に先立たれたことは文子が受けたショックよりも大きかったのかもしれない。義母は生きる張り合いとでもいったらよいか、その気力をまったくなくしてしまった。多くは遠くを見やって茫然自失といった態だった。ある朝、あまりにもいつまでも起きてこないので、文子が様子を見に行くと、布団の中ですでに冷たくなっていた。
この集落も以前には六軒だった。その中で甲と乙の二軒は道を挟んで向かい合っていた。道といっても乗用車一台がようやく通れる程度の幅に過ぎない。小川も流れていない。そんなところの二軒が玄関先の雪の始末をするについて、甲が自家の側の雪を乙がわに押し出すようにすれば、乙もそうする。そんなことから喧嘩になってしまい、多くの点で対立するようになってしまった。他の人達としてはいずれにも味方するわけにいかない。いずれかに近づけば、たちまち他方が牙をむいてくる。触らぬ神にたたりなしというわけで、ついに甲・乙とも村八分的立場におかれることになってしまい、結局、他との付き合いを失った二件は集落を出て行った。そんなことがあって、この集落はついに四軒ばかりの極小集落になってしまったのだった。



第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

生き甲斐 第8回

LINE

医療に関しては、いうまでもなく無医の悩みである。夏季ならば車で―ということも可能であるが、冬季に救急患者発生ということになると、橇で女たちの力で運んでいく、あるいはドクターにスキーでやってきてもらう―こんなところだった。したがって、どこの家でも「置き薬」は必需品だった。 わずか四軒ばかりの集落―その中の一軒だけでもこの山地を捨てて平地へ出て行ってしまうことは、すなわち集落の崩壊につながっていた。だが、今ではどこの家でも、主な働き手は街中の会社や工場へ通っているという時代の流れがあった。店がない、水道がない、医者がいない、勤め先や学校は遠い、近所づきあいもプライバシーというものが守られないほどのところまできている、冬の道踏みも問題―人々の抱える難問はいろいろあった。いつの間にか文子たちの茶飲み話での中心も、平地への移住という集落存続如何の大問題に絞られる場合が多くなってきた。 文子のところでも、智雄と武夫は街の生活と切っても切れない関係にある。節子も冬季の通学は雪の脅威にさらされている。できれば平地の、通学に安全なところへ移りたい。房江は不便な日常と、冬の雪堀りや道踏みの辛さに音を上げている。 智雄は妻の強い望みもあって、ついに平地への移住を決断した。とはいうものの、長年ともに助け合い、仲良く暮らしてきた近隣の人達をそのままにして―というわけにもいかない感じだった。