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大沢文子の一家は、去年の十一月下旬にこの平地の集落へ引っ越してきたばかりである。
一家は息子夫婦と高校三年の武夫と中学二年の節子、それに文子の五人家族である。
引越し前には山奥の四軒きりという小集落に住んでいた。そのころには武夫は街中に下宿していたし、智雄も街中の会社へ軽トラックで出勤していくのだったが、やはり冬・雪の時節になると、武夫と一緒の部屋に下宿させてもらうのだった。もっとも、そうなると、雪で埋まる山の家には女三人だけということになってしまって、雪堀りや道踏み当番などのきつい作業をこなさなければならなくなるのだった。作業の中心となる嫁の房江はこの状態を嫌がっていた。智雄は休日には帰ってくるが、じっくりと雪作業に取り組んでいる時間などない。すぐにあたふたと街へ下りていってしまうのだった。
節子にしても登下校は大変な難儀だった。雪の多いころや春先には雪崩の心配もあった。
幸い隣家の娘も中学生で、二人で助け合って雪の道を分校の在る集落までほぼ二キロ、歩きかスキーでいくのだった。
隣集落までの距離がおよそ一キロというのであるから、冬の道作りのための雪踏みは大変厳しい作業だった。雪が中に入らないようになっている作業用の特別長い長靴にカンジキを取り付けて、人一人が通れるばかりの狭い道をつけるだけであるが、吹雪の中、菅笠とアノラックで武装して、ゆっくりと雪を踏んでいった。距離が長いものだから一人では無理だというわけで、二人ずつ当番に当たった。ただし、そうすると四軒ばかりの集落である。降り続くときには一日おきに道踏み当番はやってきた。
電気だけは引かれていたが、水道も下水道もなかった。井戸水や懸け水に頼る生活だった。
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