Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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心の宝(3) 第1回

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六日七日の夜、久恵の恐怖には甚だしいものがあった。寝室に寝ているわけにいかず、彼女は玄関脇の物置の角―ここには太い柱があって、他の場所よりはいくらかでも安全なように思われたので、その柱の側に布団を敷いて震えながら目をつむった。だが、頭が冴え、マイナスの事態ばかり考えられてしまって、いつまでも寝付かれないまま、何回もトイレに立ったりした。
正月には交通の便の悪さも手伝って、とうとう二人の息子たちは顔を見せることなく終わってしまった。ただ、遠距離電話だけがかかってきた。一人で本を読み、絵手紙の筆を走らせ、俳句を詠むだけの静かな寂しい正月だった。元旦の町内集会所での年賀交換会以外には、他人と会話を交えることもなく過ぎてしまった。そんな孤独な正月三ヶ日に続くこの連日の降りである。どんどんかさばっていく屋根の積雪に、やきもきしながら空を見上げる状態が続いていた。
久恵の寂しさ孤独感は頂点に達していたとでも言うべきか。物置の隅の柱にすがりつくようにして身を縮め、小さくなって寝ている彼女の寝姿がそのことを語っていた。



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心の宝(3) 第2回

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八日の朝、九時過ぎには功治と貞夫がスコップとスノーダンプを用意してやってきてくれた。六日七日は晴れたり降ったりだったが、それでも新雪はさらに二十センチほど積もっていた。
「おいっ、こりゃあ、もう掘れないよ」
「ウーン、勘弁だなあ」
二人は久恵の家の屋根を見上げると、すぐに叫ぶような大きな声を上げた。彼らは久恵に掘るのは無理だと話して帰ることにしようと相談した。
久恵の家がどうなろうとそれはいたし方ないことで、二人には責任はない。すべては久恵自身の決断の誤りが招いた自己責任に過ぎない。功治たちが掘るのは難しいと話して帰ろうとすると、久恵がすがりつくようにして早口で言った。
「待って、ちょっと待ってよ。実はさ、もう一人、いつも雪掘りしてくれる人がいるんだて。その人にも来てもらうからさ」
その言葉を聞くと、二人は少しばかり話し合った末に貞夫がこう言った。
「ああ、三人なら何とかなるかもしらねぇ。じゃ、すぐにその人に連絡して来てもらって」
「分かった、今電話してくる」



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心の宝(3) 第3回

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久恵は急いで吉田さんに連絡を取った。吉田さんは三人での雪掘りになることを聞くと、今度は快く引き受けてくれた。
「吉田さんというんだけどさ、その吉田さんも来てくれるって言うから、来るまで中へ入って待っていようて」
「いや、すぐに取り掛かるつもりで支度してきてるんで…」
「そんなこと言わんとさ。まあ、お茶をいっぱい飲んでそう。それからゆっくり支度して出ればいいがね」
「そっか、じゃあ、少しばかり休ませてもらおうか。なあ」
「よかろう」
「ああ、それがいいて。おら、ちょっとお願いもあるから」
「おいおい、雪掘りのほかにもまだ何かあるんかい。もう勘弁だぜ」
「そうか、お茶一杯は策略だったか」
「策略だなんて…ただのお願いだがね」
久恵の家は市道に面していて、そちらには二間ほどの幅の屋根が傾斜をなして張り出しており、後方には三間幅の屋根が流れていた。彼女の話によると、前方の屋根の分の雪は通常なら家の前面に掘り落とすわけだが、そのようにしないで、前面の屋根の分の雪も後方へ投げ落としてほしい―それがお願いだった。



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心の宝(3) 第4回

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家屋の前面には市道があるし、車庫もある。そちらには雪を落としてほしくないのだと言う。とすると、前面の雪は屋根の傾斜を逆にさかのぼって行って後方へ投げ捨てることとなって、まことに掘りにくいはずである。功治と貞夫は顔を見合わせた。功治はよほど(それでは掘りにくくてかなわんし、それでなくともこのものすごい屋根の雪…掘るのは遠慮させてもらう)―このような言葉を吐こうかと思った。貞夫も同じような気持ちだったに違いない。
そんなお願いなるものは、作業する者の心をまるで考えていない老女のエゴそのものではないか。屋根から落とされた雪などは後で少しずつ片付ければそれでよいはずだ。いざとなったら除雪車を頼むという手もある。こんなときには家屋倒壊を防ぐことをすべてに優先させるべきで、車庫の前の雪のために車の出し入れができなくなっても、それくらいは忍ぶべきときではないか。大体、こんなに屋根雪をためてから掘ってほしいなどと言い出すのが間違いの元なんだから、久恵の奴は自分でもそれなりの不利益を負担しようという姿勢を見せるのが当たり前ではないか―功治はこのように思ったが、黙っていた。というより、ギリギリ口を閉じていることができた。
六十九という古希間近の年齢になって、ようやく思うところをそのまま話してもいいかどうか、一息おいて考えることができるようになっていた。