| 妻有ボランテイア組織―こへび隊は1999年12月に結成された。だが、「ボランテイア」という名称が問題になったようだ。ボランテイアには「奉仕」といった匂いが強い。参加者たちは単に「奉仕」にとどまるだけでなく、ボランテイアを大地の芸術祭にかかわりながら、自らの人間としてのステップアップの糧にしたいと望んでいたようである。蛇は脱皮しては成長していくから、自分たちもそのようでありたいというわけで、「こへび隊」という名称が選ばれたのだという。
2000年7月には、こへび隊に参加する人は600人を超えている。十代、二十代を中心に、中には七十代の人もいる。美術、建築関係の学生が多いが、フリーターと言われる人たちや、稀には会社員もいる。
彼らの仕事は、大地の芸術祭開催までの裏方として、作品製作、広報、イベントの企画運営、通訳その他に関わり、さらに芸術祭開催期間中も、横山さんのようにバスのガイドをしたり、あるいは各種のイベントにかかわったりして、300人からの人たちが活躍している。
横山さんは十日町のことを実によく知っている。彼女たちはいくつかの合宿所に分かれていて、自炊しているのだとのこと。名ヶ山集落の廃校なども合宿所の一例らしい。彼女たちは夜になるとグループに分かれて、お互いの昼間の体験を報告しあって論議するから、いきおい、地域の情報が豊富に耳に入ってくるのだという。
大地の芸術祭におけるこへび隊の活躍―それはこへび隊の人たちが自ら主張するように単なる奉仕というものではなく、アーチストや建築家などの専門家と対等な立場で、自主的な意思の下に参加し、自らの人間としてのステップアップを図ろうとする彼らの存在の大きさによってこそ、この壮大な芸術祭は、無事に最後の幕引きまで行くものと考えられた。 |