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五分の一 (大地の芸術祭) 第五回(9月13日)

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 「では、早速ですが、ご自分の隣とか、前、後ろなどの近くに居られる方をしっかりと頭に入れておかれるようにお願いします。団体行動では、各人が所属団体の一員であることをしっかりと自覚して行動していただくことが大切です。集合時間などを確実にお守りいただくのが、規律ある中にも楽しい団体行動を作り上げていくものとなるかと思います。
 いきなり説教調になってしまいましたが、実は私はまだ学生なんです。教室ではいつも先生に説教されておりますので、こういうところでその鬱憤を晴らしているのだ― まあ、申し訳ありませんが、そのようにでも解釈なさっていてください」
 「おいおい、横山さんよ、お前さんは俺達に鬱憤晴らしをすることができるからいいけど、俺たちはどうしたらいいんだね」
 すぐに横山さんに冗談半分、不満半分といった言葉を投げかける人がいた。笑い声も起こった。
「ええ、お客様方のその面白くないというお気持ちは、今日一日が過ぎたときには、ああ、楽しかったという気持ちの中に消化されておりますので、これからですね、いろいろの芸術作品を見ていく―それだけで十分かと思います」
「そんなに素晴らしいんかね?」
バスは市街地を通り抜けて、大井田、中条地区をまっすぐに突っ切って、下条地区へ入ると、国道の両側の家々の軒先には、黄色い小旗が揚げられて風にそよいでいた。
「ここの下条地区の人たちは、大地の芸術祭を見に来てくださる方々を歓迎して、このように黄色い旗を振っていてくださるんです」
 横山さんの説明を聞いて、改めて通り過ぎていく一軒一軒の軒先に目を凝らした。そして今回の芸術祭を懸命に盛り上げようとしている集落、地区もあることを知った。やがてバスは国道をそれて山地へ向かって走り続けた。



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五分の一 (大地の芸術祭) 第六回(9月20日)

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 走り続けるバスの中で、この前、2003年の芸術祭のことを思い出していた。そのときも妹夫婦と三人でバスツアーに参加して、このときは南回りに巡ったのだった。
 2000年の時には32カ国、148組のアーチストを受け入れた集落は5つに過ぎなかった。しかし、2003年の場合には50集落に増えたといわれる。
 津南で最初に見たのは、山の斜面の洞窟のようなところに作られたキキ・スミスという人の作品だった。「小休止」という題である。洞窟の中に階段が作られてあり、その各段に身長1メートルほどの小柄な娘の人形が一体ずつ腰を下ろしていた。それらの石膏で出来ていると見られる白い可愛らしい人形群は、みんな自らの足元に目を落としていた。津南の森に迷い込んで一休みしている少女たちと見られた。洞窟を出たところには、山のふもとに向かって折れ曲がっている木があったが、その木の根本近くに腰掛けて、「ご覧くださってどうもありがとうございました」と言わんばかりに、深々と頭を下げた娘さんのような人形が一体、洞窟から出てきた見学者たちを出迎えてくれていた。
 その他にもいくつかの作品を見て回ったはずであるが、あまり印象深いものはなかったようである。



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五分の一 (大地の芸術祭) 第七回

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 津南から松之山へ向かう途中の山中の国道― バス一台がようやく通行可能に過ぎないような心もとない道幅である。対向車が来たら、待避場所としてところどころに確保してあるやや広い場所にどちらかが待避して、相手をやり過ごす必要がある。その国道をバスがゆっくり進んでいくと、やがて有名な「棚田」が見えてきた。山のゆるい斜面に小さな田んぼが段々になって、稲がきれいな緑をなしている。これらの田んぼは更科の「田毎の月」と同じように、山の斜面に小さく区切られて作られている多くの水田が、立派に観光の役目を担ってくれている。だが、同乗していた人たちが不満そうに言っていた。
 「平地のたくさん米の取れるいい場所を減反させておきながら、こんな作りにくい、しかも、あんまり収穫のあがらないようなところばっかり、喜んで作らせるんだもんなあ。食べ物が足りなくなって、飢えで死んでいく人さえいる国だってあるそうじゃないか」
「ああ、アフリカなどじゃ、足りなくって困っているんだろうて」
「米が余りすぎるっていうんなら、そういうところへくれてやるっていう手もあるんだぜ」
「そうも考えられるけどさ。何しろ遠すぎるんだよ。輸送も難しいし、果たして実際に飢えている人たちの手にまで届くかどうかも疑問だしな」
「送ってやれば届くに決まっているさ」
「いや、ことはそう簡単じゃないさ。どっかの国じゃあ、よそからの援助物資なんて、国の幹部や役人連中がよろしくやってしまって、肝心の民衆の手まで届かないんだそうじゃないか」



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五分の一 (大地の芸術祭) 第八回

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「面倒くさいもんだな」
 松之山、松代地区は山中にあり、次々に若者たちが首都圏などへ流出してしまう一方、人々の高齢化は年毎に進んでいる。越後妻有という交通事情的にも「過疎」といってよい地域の中にあっても、特に過疎が進んでいると見られる地区である。わずかに、温泉、棚田、さらには美人林などの存在が、人々の生活を支える一端の観光資源になっている感じだった。
 松之山では、少子化によって廃校になってしまったという小学校の旧校舎を見学した。
玄関を入ったとたん、天上からたくさんのぼろスリッパが吊り下げられてあったが、それが額にぶつかってびっくりした。義弟も「嫌ですなあ」と言いながら、左手を額にかざしてスリッパをよけていた。二階の最初の部屋には、部屋一杯木の葉や枯れ草、わらの類がたくさん天上からぶら下げられ、廊下に用意してある扇風機の風がそれらに吹き付けていた。いうなれば、干し物に強風が吹きつけて、干し物が飛ばされんばかりに舞っているかのようであった。
 だが、はたしてこれらのどこに芸術としての「美」を感ずべきだというのか。ちょっと考えさせられた。もっとも、「美」というのは、人間の情感に訴えて内的な「快さ」をもたらす、きわめて主観的なものに過ぎないとも考えられる。とするなら、どのようなものに美しさを見出すかは、それこそ人それぞれといってもよいかもしれない。