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中越地震と一枚の絵手紙 第17回

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 しかし、問題は下水にもあった。断水であって、しかも停電では水洗便所は用をなさない。便利なものほど、要件が一つでも欠けると機能しなくなってしまうことは考えていたが、汚物処理ができないというのは、即不衛生に連なるわけで、まことに困ったことになってしまった。このことをどうしたものやらと思いながら玄関先に出た。すると、節子さんの義母――ばあさんが万が一の危険事態を考えてのことであろう。自宅から道一つへだてた空き地に蓆をしいて日向ぼっこをしている。この日はすばらしい快晴だった。(そうだ、ばあさんなら何か良い知恵をもっているかもしれない)、そう思って下水のことをばあさんに話したところ、フロの水を落としていないなら、その水を水洗トイレの水槽に汲みいれて用いればよいと言う。早速試してみると、フロの水がきれいに汚物を流し去ってくれた。さすがに年の功、米寿のばあさんには生活の知恵があった。
 常々、千葉県の柏市に住む妹は、いざというとき最も役に立ってくれるのがフロの水なんだから、フロだけは落とさないでいつも水いっぱいにしておくとよい――このように私に話してくれていた。今回はその妹の言ってくれていたことが見事に証明されたのだった。



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中越地震と一枚の絵手紙 第18回

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 昼食後まもなく、石油会社の人たちが四人でやって来て、倒れかかっていたタンクを元に戻してくれた。だが、ボイラーとの接続部分が故障してしまっていたらしい。彼等は「大忙し」ということで、その故障部分の修復は後日まわしにされた。石油会社の人たちといれかわりにガス会社の人も来て、ガスの点検をしていってくれた。
 午後三時ごろになって、船橋の弟夫婦と柏の妹夫婦が車でやって来てくれた。弟は受話器を置くとすぐ、妹たちと連絡をとって大急ぎでかけつけてくれたのだと言う。彼等は二リットル入りのペットボトルを十八本持ってきてくれた。これは有難かった。これで当分飲料水の心配をする必要はない。大きな安堵感を覚えた。
 四人は家の中の破壊された物を片付け、掃除し、散らばった物をあるべき場所へ戻してくれた。義弟がテレビを元の台の上に据え、ついで彼等は墓地へまわると、いくらかずれ動いていた墓石を元に戻してくれた。
 和式の墓石――空に向かって高く突っ立っていた墓石の多くが倒れ、中には他の墓石とぶつかって損傷したりしているものもある。だが、洋式というべきか――台形様の背の低い我が家の墓石は五センチばかり動いただけにとどまっていた。このような結果になってみると、早くから洋式の墓石にしておいたことは、他の人たちには申しわけない感じであるけれども、自らを助けてくれたわけで、うれしいことだった。



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中越地震と一枚の絵手紙 第19回

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 四人が千葉へ帰って行こうとして車に乗ったところで、外灯がついた。六時ちょっと前だった。電気が点いてくれれば、コタツやテレビなどの電気器具も使うことができるし、今夜からは自宅で眠ることもできる。手足を延ばしてゆったりと体を横たえることのできるありがたさを改めて思った。
 あれだけの強い地震だったというのに、我が家では石油を用いることができないことから、お風呂を我慢しなければならないだけである。地震の翌日にはもう、地震前と違わない様な生活を取り戻すことができたわけである。すでに十一月に近いこのとき、避難所で寒さに震えている人たちには申しわけない気持ちが強い。下条に嫁いでいる妹とて避難所に身を寄せているものと思う。
夜、「消防署ですが……」と言って、訪ねてきた人がいる。避難勧告であるという。しかし聞き流しておく。我が家は三年ほど前に新築したばかり。あの強い本震、さらに頻繁に続く余震に対して立派に耐えてきた。この家屋に信頼を置いてよいと判断した。
 やって来た消防署員は近くの家の人である。彼としてはそのように言って廻るだけで、一応の職責を果たすことになるに違いない。もっとも、彼の家も我が家と同じく道路工事の関係で、移転新築したばかりである。家人は誰も避難していないものと思う。ただし、その家の近くの歩道が四,五センチ陥没していた――それは後で見知ったことである。



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中越地震と一枚の絵手紙 第20回

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 余震はまだまだ頻繁にやってくる。気持ちが悪いほどだ。私は階下で休むことにした。階下には車庫の奥に書庫にするつもりで、一部屋だけ作ってもらってある。そこにはベッドが一台いれてあって、寝室とするにはうってつけだ。エアコンも取りつけてある。二階で眠るよりいくらか安全の度合いも高かろうと思ったわけである。
 二十六日夕方、市の水道局から連絡があって、水道が使用可能になったとのこと。ただし、二、三日間はまだ水が汚れているおそれがあるので、飲料としては用いてほしくないという説明だった。
 二十七日には石油会社の人が来て、灯油タンクとボイラーとの接続部分を修復して、使用可能な状態にしてくれた。早速、大好きなフロを用意する。四日ぶりである。昼食後、すぐに入浴するが、私一人っきりではもったいない感じだ。下条の妹へ連絡したいと思ったが、避難所へ行っているらしくて通じない。そこで妹の長女(私にとっては姪)の嫁ぎ先へ電話をいれる。ここは妹の家に近いので、できれば妹に伝えてほしいと思ったわけである。姪の義父が受話器をとりあげて、下条ではまだまだ断水中と言う。やはり、いくらかなりと川口、長岡などの震度7といった強震地域では、それだけ地震の被害は大きかったようである。彼にはフロに入りに来るように誘ったところ、その夜には彼と姪の実父(妹の夫)の二人がやって来た。一日おいて妹と姪、その子の三人が入浴に来た。