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第1回 第2回 第3回 第4回
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心の宝 第1回

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 ミシッと居間の天井から小さなきしむ音がしたりする。久恵はそのたびごとに家が潰れるのではないかという不安におののく。
 雪はすでに家の一階を越えて積もっていて、昼間でも電灯のつけっぱなしである。家はまだ二十歳ほどで、例年の積雪事情ならその倒壊を心配する必要はない。
 もっとも、一昨年の中越地震―あのときにも家は耐えた。家の中の物が倒れたり、壊れたりするくらいですんでくれた。肝心の家自体は壁がいくらかボロついたりした程度である。だが、やはり強い揺れがあった地震後の家の状態は、地震前のそれと同じとは思えない。相当傷んでいるとみるべきなのであろう。そこへこの大雪である。下手をすれば家屋倒壊にまでいってしまいかねないかと思う。そのことに思い至ると、久恵の不安は恐怖にかわった。
 久恵は間もなく七十歳になろうとするところ。亭主は早く逝ってしまい、二人の息子は九州と広島にそれぞれ家を構えている。二階作りのこの一戸建ての家に一人で住むようになってから、すでに十五年は過ぎようとしている。彼女には趣味として読書があり、絵手紙や俳句もある。これらには適度にはまり込んで楽しくやっていることによって、一人で住んでいても特別寂しいと感ずることはあまりない。絵手紙は遠方の友とやり取りし、俳句は句会に参加するのが励みになっている。新聞投稿もよい。



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心の宝 第2回

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 ところで、今冬のかつてないほどのこの豪雪―十二月十一日から降り始めて、瞬く間に積もって年末までには、多くの人々に三回四回といった回数の雪掘り(雪下ろし)をさせるにいたった。例年の雪の降り方なら、人々は正月三ヶ日くらいはゆっくりと休みたいというわけで、年末に一回だけ雪掘りをするといったところである。
 しかし、今年は違った。一月六日現在にして、ここ十日町市ではすでに二百八十八センチの積雪という。もちろん、この豪雪の副作用は強く地域経済に響いている。交通、灯油、野菜の値段、いろいろの面で響いている。最も困っているのが雪掘り人足の不足であることは久恵も承知していた。事実、彼女自身も困惑していた。年末までの雪掘りは吉田さんにお願いすることができた。十二月二十七日までに二回掘ってもらった。
 吉田さんは久恵と同じ町内に住んでいる。六十歳かけまわりで頑丈そうな体格をしている農家のおじいさんだ。久恵のところなどには進んで雪掘りに来てくれる。他にももう一軒老女が一人で住んでいる家の雪掘りをしてやっているという。吉田さんとしては老人家庭の安全のために特に気を遣ってくれているんだと思って、久恵は感謝していた。



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心の宝 第3回

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 ところが二十八日以降の年末の積雪―まだ一回分の雪掘り量としてはいくらか少ないと見て、そのままにしておいて年越ししたのがいけなかった。元日と二日は晴れと降雨だったからともかく、三日から四日五日六日と続く降雪に屋根の積雪はどんどん増えて、一メートル五十センチ以上にもかさばってしまい、見た目にも家屋倒壊の危険が考えられるほどになってしまった。久恵はあわてて吉田さんのところへ雪掘りをお願いしたいと頼みにいった。
 吉田さんはその日のうちに久恵の家の屋根の様子を見に来てくれた。だが、彼はちょっと見ただけで言った。
 「こりゃあ、もう、どうにもならんがの。多すぎて」
 「何とかお願いしますて。雪掘り代のほうは弾みますっけに」
 「ウーン、だけど、お前さん、これは三十一日までにせめてもう一回掘って置くべきだったの。二日には雨が降ったんだし、更にその上に一回分くらいはもう積もっているわけだからの。こりゃあ、もう、おら一人で請けるってわけにはいかん分量の積雪だがの」
 「そんげなこと言わんと、お願いしますがね。おら、自分じゃどうにもできんて。お前さんだけが頼りですがの」
 「いや、そう言われても、おら、一人では掘りきれんがね。こりゃあ、やっぱり勘弁してもらわないと。」
 「それじゃあ、おら、いったいどうしたらいいだの。ウチが潰れちまうがね」
 まだ一回分の雪掘り量としてはやや少ないと考え、雪掘りの費用をできるだけ節約したいものと思った―年末でのそのわずかなケチの心が今、家屋倒壊という大きな恐怖となって久恵に復讐してきていた。



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心の宝 第4回

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「ウーン、ウチが潰れてしまうなんていわれても、おらにはどうすることもできないな」
「そ、そんな…」
 久恵は泣き出さんばかりだった。いまここではっきりと吉田さんに雪掘りを拒否されては、ちょっと後の手が思いつかない。屋根を見上げる彼の横顔をジーッと食い入るように見つめていた。ややして吉田さんは久恵のほうへ顔を向けて言った。
「それじゃあさ、お前さんのほうでせめてもう一人誰か頼んできてくんなさいや。そしたらおらも相談に乗るて。二人だったらそれでも何とかなる感じだからさ。何しろお前さんのとこの屋根は広いんだし、この雪だからね。一人では無理だ」
「だけど、おら、誰に頼んだらいいんだか…」
「誰か雪掘りに出てくれる人は思い当たらんかね。まあ、おらも探してみるけど」
「まあ、ぜひともお願いしますて」
 吉田さんはもう一人誰か雪掘りしてくれる人を見つけてほしいと注文をだした。だが、久恵は夫が亡くなってからというもの、近所の人達や趣味仲間との交友はあっても、あまり世間の人々との広い付き合いはない。誰が雪掘りの人足になってくれるのかといった情報には、さっぱり疎かった。シルバー人材センターへ申し込むことさえ思いつかないまま、屋根の状態に心を奪われていた一日は過ぎた。