敲き台にしてください!
江戸について、大きな誤解をされているようでございますよ。
第一期の誤解は、明治・大正・昭和の戦前までの誤解でございます。徳川家康は狸おやじで、江戸時代は悪い時代というような認識のされかたでございましたね。
第二期の誤解は、前後に出された社会科の本に代表される誤解でございます。封建制で、男社会と仇(あだ)討ち思想の時代という認識のされかたでございます。
いずれも「まちがいと言えばウソになる」というような言いかたはいたしません。私は勇気を持って「いずれも間違い」と申しあげるものでございます。
第一期の誤解の結果は、江戸時代と徳川家康を罵(ののし)る浅墓な考え方を生んだようでございますし、第二期の誤認は、男女同権と同質・同格などを取り違えた人たちや、「復讐(ふくしゅう)思想に徹した時代であるから、江戸の良さを見直すなどは、とんでもない」という単純な考え方を多くの人たちに定着させたように思うのでございます。
もう一つ、忘れてはなりませんのは、「江戸の歴史には、勝者のそれと敗者の言いぶんの二つある」という点でございます。
現在、図書館などで目にとまる書籍のうち、「江戸」と名の付く書物は1千種を超えているようでございます。が、残念ながら「勝者側から見た江戸」が大部分のように私には思えるのでございます。
その証拠に、「日本最初の(同時に世界最初かもしれませんが)町名変更の反対運動の狼煙(のろし)を上げたのは、「江戸」という由緒ある都市名を東(えびす)の京(けい)などという名称に変えられた旧江戸側の民衆であった」というような記述の本には、まだ出会わないからでございます。
私は、それらを掘り起こして「どうこうしよう」と申しあげているのではございません。温故知新。古きを求めて新しきを知ることに意義を見出したいと申しているだけでございます。
この江戸しぐさも、その一つでございます。江戸方の町衆だけに「しぐさ」として伝わっていたものでございますので、江戸方の者が死に絶えれば消えてしまうのは当然でございましょう。私には、それが残念でございますよ。
私の子どものころ、「江戸しぐさ」という言葉は年中耳にしたものでございます。半世紀まえまでは「江戸しぐさ」が生きておりました。
どうか、江戸しぐさのお話でも、一度ご家族みなさまでなさっていただきたいものでございます。そうなされましたならば、何か新しい人間関係が生まれるようにおもうのでございます。
日本も捨てたものではございません。日本のどこかには、私どもと同様のお考えの方々も多数おいでになると思っております。
私の忘れている江戸しぐさもあると存じます。こんな「しぐさ」もあったというようなお話を、会宛にどうかお聞かせください。
芝拝 |