Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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背景

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  銅版画に取り組みだしたのはNさんからエッチングプレス機を借り受けてからだった。随分以前のことになる。簡単な技法の説明書を読みながら、銅版や亜鉛版を希硝酸で腐食させて線や面の陰影を作り出し、そこにインクを詰めてプレス機で紙に刷る。作業の雰囲気がどこか芸術的でなく、秘密の金属工場みたいでそれが気に入っていた。金属面への描画は定規やコンパスを利用して直線や円や曲線を引いた。まれにフリーハンドを用いたが、出来るだけ無機的な画面創りにこだわったつもりだった。しかし、その意図に反し、出来上がった作品はおよそ人の手による壁の落書きのようになった。暗澹とした気持ちで、冷たい金属面と格闘したのはほんの僅かの期間だった。

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「ラ・フランス頌」から
「夏の初めに このテーブルに ラ・フランス」



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風景

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  私の記憶に残る風景は、在り来たりなビルの谷間に挟まれた空き地や、仕事の帰り道に通る傾きかけた古い空き家で、これといって何の特徴もない風景だ。どこにでもある風景が一瞬私の足を止めてしまうようなことがある。特別何かを求めて歩いているわけでもないが、ビルに挟まれた人影のない空き地に直線的な日陰が落ちていて、静止しているとしか言いようのないこの風景に私の心が鷲づかみにされたことがある。季節と共に太陽の位置が変化し、通るたびにその表情を変えていき一度として同じ風景に出会うことはない。明日はどんな風景に出会えるだろうか期待をしてみても、仕事の帰り道で私を待っていたのは、いつも見慣れた傾きかけた古い空き家だった。

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「ラ・フランス頌」から
「街に 時が 吹き抜けていく」



第1回 第2回 第3回 第4回
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インスピレーション

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  子供の頃に何かの金属部品を大事に持っていたことがある。その部品は機械の中にあるときはなにかの役目が与えられていたはずだった。それが私の机の上に置かれ、かつての用途から解放され、それ自体が見つめられる存在になった。
 ラ・フランスにインスピレーションを感じるようになったのはいつ頃からだろう。不正円のごつごつした不恰好な形体、モスグリーンに茶の斑点が現れて少しずつ変化していく色彩、質感はひんやりとした肌触りで比較的重い。何か金属的な感じがする。食べることは少なかったが、その味に特別こだわりもなかった。むしろ果物としての用途を離れ単なる物体としてのラ・フランスに私は不思議な愛着をおぼえた。そこには相手にインスピレーションをあたえる何かが潜んでいた。

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「ラ・フランス頌」から
「止まることなく流れるラ・フランスたちよ」



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コラージュ

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 「コラージュ」という絵画技法は、偶然に異質な視覚的素材が出会い新しい美的価値を生み出していく手法だと思っている。およそオートマチックで、意図的でないことが望ましい。随分以前のことだが、クルト・シュビッタースの作品を何かの雑誌で見たとき強い印象を受けた。色々なガラクタ的素材が寄せ集められて作品が創られる。貼り合わされた物は本来の用途ではなく、新たな視覚的素材として美的価値が与えられる。それは一般的な美しさと言うより、見る者の感性に強いショックをあたえるものだった。
 私の「コラージュ」は、私自身の制作物が素材となっていて、コラージュの概念と少し違っている。およそオートマチックな方法でもない。私の創作物の一部をその制作された年代から解き放ち、別の画面に切り貼りし、再構成しただけだ。私の過去と現在が縦横に絡まるこのエキサイティングさについ熱中してしまうのだ。

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「ラ・フランス頌」から
「悲しい便り」