Creator’s World WEB連載
Creator’s World WEB連載 Creator’s World WEB連載
書籍画像
→作者のページへ
→書籍を購入する
Creator’s World WEB連載
第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

絆〜ほんとうに大切なもの(1)

LINE

  「さて、俺たちもそろそろ失礼するか。」俊彦が戻ると、小西は誰にいうともなく言った。「なんだよ、来たばかりじゃないか。それに、池田たちはどうするんだ?」「なに?俺たちがどうしたって?」声の主は池田だった。カウンターで眠りこけていた池田も目を覚ましたのだった。「そういうこと。」小西は俊彦の肩をポンとたたくと、「マスター、ごちそうさま。会社のやつらにも宣伝しとくよ。」と言って店の外へ出た。俊彦と一緒に戻った山岡も、「じゃあ俺も失礼するか。」と店を出る。次々に旧友たちが出て行く中、俊彦は理恵がまだ店内に残っているのを見つけ、とりあえずコーヒーをもう一杯、理恵と一緒に飲むことにした。
 「松平さん、ここ、いいかな。」「ああ、どうぞ、原田君。」と言ってまた読みかけの本に目を落とす。その様子を見ながら、俊彦は「散歩」に出かけて山岡と話したことを思い出していた。
 二人は喫茶店から少し歩いたところにある、小さな公園のベンチに腰掛けた。公園といっても単にその一角が区切られていて、ベンチがいくつかと、ブランコらしきものがあるだけだ。日曜の昼下がりという時間のせいか、ベンチにもブランコにも、子供の姿はなかった。
 「懐かしいな、お前と二人でこうして話すなんて。」山岡はしみじみと言った。「小西から聞いたんだろう?」突然の質問に俊彦は面食らって「え?」と聞き返した。「俺が川端さんに告白したってこと。」「ああ、うん。聞いた。」「俺のこと嫌な奴だと思っただろう。」「まあ、いい奴と思わなかったのは確かだな。」「そうか。俊彦らしいな。」フッと笑うと、山岡はタバコに火をつけた。一度吸い込んだ後、ふーっと煙を吐き出す。「俺は、ずっと川端さんが好きだった。卒業してからもずっと。でも、そんな俺にも他に好きな女がいた。」「川端さんのほかに、か。」「ああ。」



第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

絆〜ほんとうに大切なもの(2)

LINE

 それは意外な告白だった。小西やほかの同級生からは、山岡は依子のことを思い続けているがために独身なのだと、先ほどのパーティーで聞かされたばかりだったからだ。
 「俺の幼馴染みでな、志おりっていうんだ。年は10以上離れている。卒業して故郷に帰って、久しぶりに会ったんだが、川端さんにそっくりなんだ。なんというか、空気感が似てるんだよな。そいつが、ずっと俺のことが好きだったって言うから、フラれたショックもあって、付き合うことになった。だが、付き合えば付き合うほど、川端さんとは違う、って思ってなあ。お前は川端さんじゃない、川端さんの代わりにはなれないんだ、って、事あるごとに言い続けてた。志おりには本当に悪いことをしたと思ってる。」山岡はまた、タバコを大きく吸い込み、煙を吐き出した。「その彼女は今、どうしているんだ?」俊彦は尋ねた。「死んだよ。事故で、即死だった。でも俺が殺したんだ。」「なんでだよ?事故だったんだろう?」「事故だったけど、俺が原因を作ったんだ。俺があんなことを言わなけりゃ・・・。」どういうことだ?俊彦は山岡の真意をはかりかねていた。「なあ山岡、どういうことなのか、俺にも分かるように説明してくれよ。」山岡はゆっくりと立ち上がり、ベンチの反対側に置かれた灰皿まで歩いて行ってタバコを消すと、俊彦の隣に戻って来て腰をおろし、話を続けた。
 「5年くらい付き合って、結婚を考えるようになったんだが、やっぱり川端さんのことが忘れられなかった。志おりも、自分のことを見ていないと分かっていたんだろう。あるとき俺に食って掛かって、フラれたんだからいい加減あきらめろって言ったんだ。結婚しているのに、その奥さんを奪うつもりか、ってな。俺もカーッとして、お前に何が分かる、しょせん代用品のくせに、って言っちまった。」山岡はここでひと呼吸置いた。その姿は逡巡しているようにも見えた。



第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

絆〜ほんとうに大切なもの(3)

LINE

 「それで?」俊彦は先を促した。それを合図にしたかのように、山岡が再び話を始める。「そうしたら志おりのやつ、急に部屋を飛び出してどこかへ行っちまった。俺はさすがにまずいと思って、すぐに探しに出たんだが、その時にはもう、トラックに轢かれていたんだ。即死だった。突然飛び出してきて、ブレーキを踏んだが間に合わなかったそうだ。しかも、志おりのお腹には俺の子供がいたんだ。俺はまったく気づかなかった。あいつはきっと、子供ができたから、父親らしくなれと言いたかったんだろう。それなのに俺は・・・」山岡の口からは嗚咽がもれた。俊彦は黙って隣に座っていた。
 「俺は・・・志おりがいなくなって初めて分かった。俺が本当に好きだったのは志おりだったんだ。川端さんに惹かれたのは、志おりに似ていたからだ。だが気づくのが遅すぎた。俺は、大切な人を失ってしまった・・・」こらえていたものが一気に噴出したように、山岡は声を上げて泣いていた。俊彦はあまりの衝撃に座っていられなくなり、立ち上がったのだが、山岡のようにタバコを吸うわけでもなく、ただその辺を行ったりきたり、ウロウロするだけだった。
 俺はこんな時どうすればいいんだ?だがそれより何より、山岡はなぜ俺にこの話をするんだろうか?俊彦は頭の中で考えをめぐらした。だが結論はいっこうに導き出されない。なおも行ったりきたりしながら、十分くらい経っただろうか、何気なく山岡の様子を伺うと、どうやら少しは落ち着いたようだ。
 俊彦はベンチに戻り、「大丈夫か?」と声をかけた。山岡は照れくさそうに笑うと、「ああ。すまなかった。」と言った。そこで俊彦は、気になっていたことを口にしてみる。「なあ、俺に話したかったのは、そのことだったのか?」「いや、そうじゃない。だが先に話しておかなきゃいけないことだったんだ。取り乱してしまってスマン。」



第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

絆〜ほんとうに大切なもの(4)

LINE

 山岡は新たにタバコに火をつけ、口にすると、自分を落ち着かせるように煙を吐いた。
 「俺が言いたかったのは、お前と、川端さんのことだ。」「俺と、川端さん?」俊彦はびっくりしたように言った。「ああ。」もう一度タバコを吸って、煙を吐き出すと、山岡は俊彦のほうを見て言った。「俺は、川端さんに幸せになって欲しい。そして、お前にもだ。」「俺にも、って、どういうことだよ。」「お前は幸せなんだよ。愛する妻と子供がいて、充足した生活を送っている。俺は愛する人を守れなかった。お前には同じ道を歩んで欲しくないんだ。」「愛する人って、川端さんのことか?」「ちがう、俺にとって守るべき存在だ。つまり、志おりと、俺の子供だ。」あ、と俊彦は思った。「愛というのは、惚れたはれたとは違う。お前の子供だって、お前の愛する人だ。そうだろう?俺は、お前のカミさんにも、子供にも、お前と同じように、幸せになって欲しい。川端さんにも、幸せになって欲しい。志おりと俺と、俺の子供の分までな。」俊彦は山岡の言葉を頭の中で反芻した。志おりと俺と、俺の子供の分まで幸せに・・・。
 「なあ、山岡。松平さんがお前に目配せしてただろう?あれは、何かの合図だったのか?」「ああ。実をいうとパーティーが終わるころに松平さんから相談されたんだ。彼女は川端さんが、ダンナとうまくいってないと思い込んでいることを気にしていた。それで、小西の知り合いがやってる喫茶店にみんなで行くから、二人も一緒に行って、コーヒーでも飲みながら話したらいいんじゃないかと提案したんだ。川端さんと話したくなったら俺に合図してくれれば、別のテーブルに移るから、ってな。お前が俺たちのテーブルに来るのは予想してなかったが、もともと折を見てお前のいるテーブルに行こうと思ってたし、まあ一石二鳥かなとは思ったんだけどな。ははは。」