Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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絆〜ほんとうに大切なもの(1)

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 喫茶店へ向かう道中、依子は、理恵、山岡、小西と並んで歩いていた。俊彦は別の友人たちと一緒にその後ろからついて行っている。依子たちのグループから時折笑い声が聞こえるので、俊彦は話の内容が気になって仕方なかった。両隣の旧友たちは足元もおぼつかない状態で、しきりに議論をふっかけてくる。そんなのどうでもいいじゃないかと思いながらも、放っておけないのが俊彦のよいところだ。だが自分では、放っておけないのは自分が優柔不断なせいだと思っていた。俺が毅然とした態度を取れば、こんなに絡んでくることはないんだ。俺がつい弱気になるのがいけないんだ・・・。ミチルにも言われたっけな。あなたはお人よし過ぎるのよ、って。そんなことを考えながら歩いていると、いつのまにかお目当ての喫茶店に着いていた。前を歩いていた理恵たちはすでに中に入っている。
 「わあ、すごい、お洒落な所ね。」「本当、落ち着いていて素敵なところね。ねえ理恵、いつものおしゃべり会、今度からここでやらない?」「いいわね、あとで久美子たちに連絡しておくわ。」「おしゃべり会、というのは?」と山岡が尋ねると、依子が少し恥ずかしそうに答えた。「私たち4人で、月に何回か集まってどうでもいいおしゃべりをしているの。その場所にここを使わせてもらおうかなって。ね、理恵。」「そうなの。女4人寄ったら、かしましいなんてもんじゃないわよ〜。山岡くん、興味あるならご招待するけど、いかが?」「いや、けっこうです。遠慮しておきます。」と山岡が答えると、どっと笑いが起こった。
 足元がおぼつかなかった池田は、しばらく他の旧友たちと飲んでいたが、気がつくと皆カウンターで寝てしまっていた。それに気づいた俊彦たちは、マスターに頼んで出してもらった薄手の毛布を全員にかけてやった。ひと仕事を終え、席に戻った俊彦は、依子のいる方に目をやった。



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絆〜ほんとうに大切なもの(2)

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 依子と理恵は、山岡、それにもう一人別の旧友と同じテーブルに座っている。俊彦は小西や岸本たちと一緒だった。川端さんと話すには、外に誘ったほうがいいかな。俊彦は思い切って席を立つと、依子たちのテーブルへ移動した。「川端さん」そう声をかけると、依子はまっすぐな目で俊彦を見た。思わず吸い込まれそうなその目に一瞬ひるみかけたが、勇気をふりしぼって言葉を続ける。「よかったら、ちょっとお話し、できないかな。散歩でもしながら。」依子は内心、飛び上がりたくなるほど感激しながらも、やはり戸惑いを隠せず、「え、でも・・・」と言って下を向く。それを見た理恵は山岡に目で合図した。
 「ちょっと、ほんのちょっとでいいんだ。パーティーではあまり話せなかったから、そのお・・・」その言葉は山岡に遮られた。「おお、散歩か、いいなあ。俊彦、俺もちょうどタバコ吸いたかったんだ。散歩に行くなら俺も連れてってくれよ。」「なんだよ、俺は川端さんと話してるんだ。」「いいじゃないか、俊彦。俺も連れてってくれよ。」執拗に食い下がる山岡の言葉に、俊彦はハッとした。山岡が「俊彦」と呼ぶときは必ず何か真剣な話があるときだ。これは付き合うしかないな。そう観念して、俊彦は山岡と一緒に店を出て行った。
 このやりとりの異様な雰囲気を感じ取ったのか、もう一人の旧友は別のテーブルに移動し、残っているのは理恵と依子だけだった。理恵が依子にきつい口調で言う。「依子、ダメじゃない。ちゃんと断らなきゃ。」「だって、せっかく誘ってくれてるのに。」「あなたのそういう態度が誤解を招くのよ。まさか、何かあるかも、なんて期待してるわけじゃないんでしょ?」「わからない、あるかも・・・。」「何を言ってるのよ!ご主人に愛されて幸せなのに、何が不満なの!?」「愛されてるって、理恵に何が分かるの!?あの人は私のことなんてどうでもいいのよ。」



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絆〜ほんとうに大切なもの(3)

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 それを聞いた理恵はいてもたってもいられなくなり、依子の両肩をつかんで言った。「いい、依子。あなたのご主人は、あなたが出かけるときはいつも早めに帰宅して、いつあなたから連絡があってもいいようにしているの。それなのに、愛されてないなんて、どうでもいいなんて、あんまりじゃない。あなたは本当に大切にされているのよ。」ここで理恵はひと息ついて依子の様子を見た。案の定、そんなはずはないという顔をしている。
 ここまできたら、すべてを話そう――理恵は決心した。「ご主人には黙っていてくれって言われたけど、我慢できないから全部言うわ。夕方待ち合わせしたときがあったわよね。あのとき、あなたの携帯にかけようと思って、間違って家にかけちゃったの。そしたらご主人が電話に出て、そう教えてくれたのよ。ご主人がどんなにあなたのことを心配しているか、どうしてあなたには分からないの!?」「うそ、うそでしょ?なんであの人が?だってあの人は・・・」混乱した様子の依子に、今度はやさしく語りかける。「お家に電話してみたら?きっとご主人が出るはずよ。」依子は理恵のその言葉に立ち上がると、店内の公衆電話で自宅の番号をダイアルし始めた。携帯電話はちょうど電池が切れていたのだ。
 呼び出し音が鳴る。2回、3回・・・「はい、川端ですが。」その声は紛れもなく夫のものだった。その瞬間、依子の目から涙が溢れた。「あたし、依子です。あなた・・・」「依子、どうした?何かあったのか?迎えに行くから、今どこにいるのか教えてくれないか。」夫の優しい言葉が依子の胸に突き刺さる。「いいんです。あなた・・・」依子は胸がいっぱいで言葉を続けられなくなっていた。理恵が代わって受話器を取る。「松平です。すみません、言わない約束でしたけど、色々あって全部話してしまいました。ごめんなさい。依子には何も変わったことはありません。今ちょっと、胸がいっぱいみたいですけど。」



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絆〜ほんとうに大切なもの(4)

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 依子の夫はそれだけですべてを悟ったようだった。「ああ、いいんですよ。僕のほうこそ言わないでくれなんて不躾なお願いをしてすみませんでした。依子が落ち着いて話せるようになったら、代わってもらえますか。」「分かりました。ちょっとお待ちください。」理恵は受話器を手で押さえると、その場にうずくまって泣いている依子に声をかけた。「ご主人が代わってくれって。話せる?」依子はためらいながらも涙をふき、立ち上がって理恵から受話器を受け取った。「もし、もし。」「ああ、依子。こっちは大丈夫だよ。帰るときに電話してくれたら、駅まで迎えに行くから。夕飯でも一緒に食べよう。」
 受話器越しに夫の声を聞きながら、依子はあらためて、あなたは大切にされているのよ、という理恵の言葉をかみしめていた。そして、大切なものは目に見えない、ということも。自分は危うく大切なものを見失ってしまう所だったと―。
 依子は明るい声で言った。「あなた、今から帰ります。今日はあなたとお話ししたいですから。夕飯は新しくできた洋食レストランに行きましょう。はい、はい、わかりました。駅でまた電話します。」
 受話器を置くと、依子は理恵に言った。「理恵、色々ありがとう。理恵に何が分かるの、なんて言ってゴメンなさい。反省してるわ。私よりも私のこと、分かってくれてるのよね。」「いいのよ、そんなこと。早く帰って、夫婦水入らずで過ごしたらいいわ。」「うん、そうするわ。じゃあ―。あ、原田君たちに挨拶できないけど、よろしく言っておいてくれる?」「ええ、任せて!」依子は急いで上着を着ると、バッグを持って出口に向かった。ドアを開けたとき、俊彦たちとすれ違ったので、「ごめんなさい、お先に失礼します。」とだけ言うと、駅に向かって走り出した。その表情は明るく、喜びに満ちていた。