Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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絆〜ほんとうに大切なもの(1)

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 さらに言葉を続けようとした時、受付の仕事で話が中断されたが、しばらくして理恵がまた口を開いた。「さっきの話だけど、それで原田君はなんて言ったの?」「うーん、いいよ、って言ったかしら。とにかく、マジック渡して、返してもらって、それじゃあって言って会場に入っていったわ。それがどうかしたの?」「ううん、なんでもないの。ただ、何を話したのかな、と思って。」「そう。」理恵は自分と俊彦のことを気にしているのだと分かったが、依子にはそれが疎ましかった。私だって分かってるわ、子供じゃないんですもの。
 だが依子は分かっていなかった。夫が僕のことは心配しなくていいと言うときは、必ず早く帰宅して依子の帰りを待っていることを。だからこそ理恵が、俊彦とのことを心配しているのだということを。
 理恵がそのことを知ったのは、まったくの偶然だった。依子との待ち合わせに遅れそうになり、間違って家にかけてしまった時、依子の夫が電話に出て理恵は驚いた。帰りが遅くなるから自分のことは心配しなくていい、と夫はいつも言うのだと依子から聞かされていたからだ。理恵がそのことに触れると、依子から連絡があったときに助けになれるよう、早めに帰宅するようにしていると夫は言った。同時に、依子には言わないでくれとも言った。依子がそれを知ったら子供扱いされているように感じるだろうから、と。たしかに、ご主人がいつもそうしていると知ったら、依子は怒ってへそを曲げるに違いない。理恵は了解して電話を切り、依子に会ったときも何も言わなかった。
 だがそれ以来、理恵は依子が夫の愚痴を言うたびに、あなたは分かっていないだけなのよ、と諭すようになった。実際、依子は分かっていないのだ。自分が夫からどんなに愛されているかを。夫だけではない。自分も含め、周りの人間がどんなに依子を慕い、依子の笑顔を見たいと願っているのかを。



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絆〜ほんとうに大切なもの(2)

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 俊彦たちは司会者が話している最中も、ずっと話をしていた。「川端さんが15歳上の旦那と結婚したよりも、俺は松平さんのほうがショックだったな。」旧友の一人が言うと、俊彦はすかさず問いただす。「なんでだよ?」「だってさ、松平さんの旦那は10歳上だぜ。松平さん、後輩の面倒見がよかったし、付き合ってたのも年下だったから、絶対年下と結婚すると思ったんだよ。それが10歳上と来りゃあ、誰だって驚くだろう。」「いや、俺は驚かなかった。」そう言ったのは小西だった。「俺の叔父夫婦が理恵ちゃんの親代わりでさ。理恵ちゃん、早くに両親をなくして、甘えたい盛りの頃に弟や妹の面倒見てたって、よく聞かされたんだ。だから甘えられる人を選んだんじゃないかな。まあ、本当のところは分らないけど。」
 理恵ちゃん、と小西が親しげに呼ぶのを聞いて、旧友たちは驚いた様子だった。俊彦は小西の叔父夫婦が理恵の親代わりだというのは知っていたので驚かなかったが、早くに両親をなくしたことまでは知らなかった。東京に出てくる際、近くに知り合いがいたほうがいいから、という程度の理由だと思っていたのだ。「そうだったのか。人間、色々あるもんだな。」彼女、まったくそんな風には見えなかったが、俺が気付かなかっただけかもしれないなあ。久しぶりに会うと新たな発見があるものだ。
 その瞬間、誰かが自分のほうに倒れ掛かってくるのが見えた。「危ない!」咄嗟に両手で受け止め、抱き起こした俊彦は、顔を見て驚いた。倒れてきたのは依子だったのだ。「川端さん!大丈夫?」「あ、え、ええ、大丈夫。ごめんなさい、原田君。」二人のあいだに一瞬の沈黙が生まれた。
 すかさず受付から理恵の声が飛ぶ。「依子!急いで!」「あ、うん!ごめんなさい、行かなくちゃ。」 「あ、ああ。気をつけて。」「ありがとう―」



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絆〜ほんとうに大切なもの(3)

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 パーティーは盛況だった。参加者は224名と発表があった。昨年より100名近く増えた計算で、広い会場は人で一杯だった。「もう終わりか。なんだか物足りないな。」閉会のアナウンスを聞いた俊彦は、小西に言った。「そうだな。2時間なんてあっという間だよな。」小西はそう言うと、あらためてその場にいた旧友たちに話しかけた。
 「俺の知り合いが喫茶店始めたんだけど、ちょうど駅の反対側なんで、寄ってくれって言われてるんだ。よかったら一緒に行かないか?」「喫茶店?」「ああ。」「喫茶店ってことは、アルコールは無し、だよな?」と横から別の旧友が口を挟む。俊彦は笑いながら言った。「なんだよ池田、お前まだ飲み足りないのか?」小西は、池田に向かって言う。「いや、今からでも頼めば用意してもらえると思う。何が飲みたい?電話して頼んでやるよ。」「おお、小西くん、気がきくねえ。それじゃあ―」すっかり酔っ払っている池田に呆れていると、山岡が話しかけてきた。
 「ようトシちゃん、どうだった、パーティーは。」「すごい盛り上がりだったな。びっくりしたよ。こんなに人が集まるとはね。」山岡は、「まあ、それは俺と松平さんのおかげだな。」と言って笑った。俊彦は山岡に、小西の知り合いがやっている喫茶店へ一緒に行かないかと尋ねてみた。山岡は少し考えるそぶりを見せたが、すぐに行くと答えた。「片付けはほとんど終わっているし、皆とも話したいから行くとするか。松平さんと川端さんにも声かけてくるから、少し待っててくれないか。」「え?あ、ああ。」俊彦は冷静に言ったつもりだったが、やはり声が上ずっている。
 先ほど、一種の事故とはいえ、依子を抱きかかえた記憶が鮮明に甦った。依子の細く柔らかな腕と華奢な肩の感触が、今でも俊彦の両腕、そして両掌に残っている。こんな状態で俺は川端さんにどう接すればいいんだろう―。俊彦は不安を隠せなかった。



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絆〜ほんとうに大切なもの(4)

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 しばらくして山岡が理恵と依子を連れて戻ってきたので、笑おうとするのだが、どうしてもぎこちなくなる。俊彦は自分でもそれに気づき、ますます落ち込んだ。一方の依子も、先ほど偶然とはいえ俊彦に抱きかかえられたことを、頭の中から追い払えずにいた。自分の肩と腕に残る逞しい掌の感触が、その胸にいだかれる妄想をかき立てる。俊彦の顔を正面から見られないなんて、まるで思春期の少女のようだと依子は思った。
 「皆さん、お久しぶり。小西くんがどこかいい所に連れて行ってくれるんですって?」理恵は学生のときと変わらない明るい笑顔を振りまきながら、俊彦たちの輪の中に入ってきた。「おお松平さん、ちょうどいい所へ。一杯どうですか。」と池田がビールを差し出す。「ごめんなさい、私いま禁酒してるのよ。」「ええ?」と驚く男性陣に、理恵は「酔うと暴力的になっちゃうから。」と言ってのけ、場の空気が一瞬凍りついた。が、その直後に「冗談よ。でも禁酒は本当なの。医者に止められててね。」と言い、一同をホッとさせた。
 それと同時に、皆が口々にしゃべりだす。ビックリしたと言う者、松平さんは相変わらずだと言う者、自分は最初から冗談と分かっていたと言う者・・・。その声にまじって、依子が理恵に耳打ちする。「ちょっと理恵、あなたお酒はからっきしダメなんじゃないの。」「いいじゃない。その方が断りやすいでしょ。」「もう、理恵ったら。」
 そこへ小西が話しかけてきた。「川端さんも来るんだよね?」いきなり話しかけられて依子は動揺したが、声の主が小西だとわかって安堵した。「え、ええ。喫茶店だってうかがったけれど。」「うん、僕の知り合いがやっててね、近くに来たら寄ってくれって言われてたんだ。」「それは楽しみね!」依子は俊彦と二人で話せるかもしれないと喜び、でも―と、その考えを打ち消そうとする。先ほどの思わぬ出来事に依子の心は激しく揺れていた。