Creator’s World WEB連載
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絆〜ほんとうに大切なもの(1)

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 依子は二人の話を聞きながら、あらためて理恵ってすごい、と思っていた。言葉の鎧で堅くガードされた中から、真意を聞きだす手腕は並外れている。私みたいに仕事もしたことない人間とは違うんだし、専業主婦にしておくのは勿体ない気がするわ。もっと世の中で活躍できるはずなのに―。だが理恵自身は現在の生活に満足していた。「家事が好きだからやってるの。それにね、食事を作るのは高尚なことなのよ。お寺でも、食事を作るのがもっともレベルの高い修行なんですって。だからうちではあたしがいちばん偉いのよ。」
 一度それとなく聞いてみた時に、理恵はそう言って依子を笑わせた。だが依子には、家事を高尚なものと位置づける理恵の発想が新鮮だった。自分はそんな風に考えたことはなかったからだ。そうやって考えにふけっているうちに、いつの間にか出番が来ていた。
 「依子、呼ばれたわよ。」理恵の声で我に返り、あわてて壇上へ出て行った依子は、痛いほどの視線を感じた。出席者の間から話し声が聞こえる。自分があがっていることを話題にしているのではないか、依子にはそう思えてならなかった。実際は昔話が大半だったが、中には依子に注目している出席者もいた。俊彦と、小西、それに岸本である。
 「川端さんだ。」誰が言うともなく檀上に目を向けた三人は、いかにも緊張した様子で出てくる依子を見て、同じように緊張を感じていた。俊彦は依子の姿に、15年前と変わらぬ輝きを見た。そしてそのことに安堵を覚えていた。ずっとこうして見ていたい――。俊彦は固唾を呑んで依子の一挙手一投足を見守り、無事に花束を受け取って、何事もなく舞台袖に戻ることだけを祈っていた。まるで父親だな、と思わず苦笑したが、依子が緊張しているのはそれほどに明らかだった。



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絆〜ほんとうに大切なもの(2)

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 依子はといえば、終わった途端に力が抜けて放心状態になっていた。反対側の袖に消えるはずだったのが、出てきた側に戻ってきてしまったのだが、とにかく終わったという、それだけを喜んでいた。だから理恵と山岡が困ったなという顔をしても気にならなかったのだが、しばらくしてこの後の予定に支障が出ることに気づき、高揚した気分は一転して落ち込んだ。
 受付に入るため、早めにパーティー会場へ行かなければならないのだが、移動するには壇上を横切って反対側へ行かなければならない。しかし今横切れば式典の進行に支障が出てしまう。一体どうしたらいいのか。依子は情けなくて涙が溢れそうになった。
 そんなとき、いつも理恵が助け舟を出してくれる。「悪いけどお願いね。」誰かに携帯電話で連絡をとった理恵は、いつもの調子で依子に言った。「今、久美子と佳恵に頼んだから、ここにいても大丈夫よ。あとから行けばいいわ。」状況がよくのみこめない依子は、オウム返しに尋ねた。「久美子と、佳恵に?頼んだ?」「そうよ。だからここにいても大丈夫なの。式典が終わるころに行けばいいわ。」その言葉に山岡も安心した様子で、「川端さん、大丈夫だよ。」と声をかける。依子はうん、うん、とうなずき、同時に涙をこぼし始めた。
 「どうして泣くのよ。大丈夫だって言ってるのに。」「嬉しいのよ。嬉しくて涙が出てきちゃうの。」理恵は依子の肩を抱きしめて言った。「ほら、泣かないで、涙をふいて。笑顔を見せてちょうだい。大体、依子の泣いた顔なんて、とても見られたもんじゃないわ。」依子は真っ赤な目で少しふくれたような笑顔を見せ、「何よ、見られたもんじゃないなんて、ちょっとひどいんじゃない?」と抗議した。「そう、その顔よ。ようやくいつもの依子に戻ったわね。」依子は理恵と山岡と交互に顔を見合わせながら、うふふ、と幸せそうに笑った。



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絆〜ほんとうに大切なもの(3)

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 理恵と依子がパーティー会場に着いたとき、受付はすでに人でごった返していた。どこからもぐりこめばいいか思案していると、二人を目ざとく見つけた久美子が叫んだ。「あ、来た来た。こんな時まで遅刻してくるなんて、さすがクイーンだわ。」依子は久美子に向かってちょっと怒った素振りをしてみせたが、俊彦が受付に並んでいるのを見ると、緊張で顔をこわばらせた。そんな様子を察したのか、理恵が後ろから話しかける。「久美子の隣に入るわよ。」前を向いたまま軽くうなずくと、依子は意を決して受付に入った。
 俊彦は小西と並んで、受付の順番を待っていた。「川端さんは全然変わっていなかったな。」小西の言葉に俊彦はうなずいた。「ああ。まるで俺だけ年を取ったみたいだった。」ふと受付に目をやると、ちょうど依子が入っていくのが見えた。その瞬間、心臓が高鳴り、顔がほてるのを感じた。一体どうしたというんだ、俺は――ほてりを振り払おうとするように、俊彦は左右に勢いよく顔を振った。再び受付に顔を向けると、依子が困った顔をしているのが見えた。どうやら受付でごねている奴がいるらしい。俊彦は不安になったが、隣にいた理恵が助け舟を出したようだ。依子のホッとした顔を見て俊彦も安堵した。
 「ありがとうございます。3000円お預かりします。500円おつりです。すみません、名札をご記入いただけますか?」「なんで名札書かなきゃいけないんだ?」「え?あの、おっしゃっている意味がよく分からないんですが」戸惑う依子に理恵が助け船を出す。「当日参加の方は事前申込の方と違って名札のご用意がないので、皆さんとお話しになるときにお互いお名前が分かるほうがよろしいんじゃありません?」その言葉に納得した男は名札を受け取り、パーティー会場へ入っていった。「助かったわ、理恵。ありがとう。」理恵は依子に小さくウインクしてみせた。



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絆〜ほんとうに大切なもの(4)

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 人の波は絶えることがなく、参加者が次々に訪れる。昨日までは大勢来てくださるかしら、なんて心配していたけど、杞憂に終わってよかったわ。依子はそんなことを考えながら、同期生から会費を受け取っていく。
 「次にお並びの方、どうぞ。」現れたのは俊彦だった。依子は一瞬凍りついたようになったが、すぐに笑顔を見せた。「お久しぶり。」「やあ、久しぶり。さっきは困ってたようだけど大丈夫?」「え、ええ。理恵に助けてもらったから大丈夫。」「そうか。ならよかった。」「心配かけてごめんなさい。」「いや、いいんだよ。」名札に名前を書き込むと、俊彦は依子にマジックを返した。「それじゃあ。」「ええ。」俊彦は名残り惜しそうに依子の顔を見ていたが、隣で受付を済ませた小西に促されて会場に入っていった。その後ろ姿を見送る依子だったが、理恵に「次の方お願い。」といわれて我に返り、受付の仕事に戻る。「当日参加の方ですね。こちらへどうぞ。」
 俊彦はたった今通り過ぎたばかりの受付を振り返った。依子はすでに受付の顔に戻っている。でもあの笑顔は、俺だけに見せたんだよな―。依子の微笑を思い出し、ひとりごちた。「なんだ、お前らもう来てたのか!」小西の声で向き直ると、懐かしい面々が俊彦を取り囲んでいた。「おお、久しぶりだなあ!みんな元気だったか?」

 「これより卒業15周年記念のパーティーを始めます。」会場内では「乾杯」の声があちこちから聞こえていた。だが理恵と依子はまだ受付にいた。人の波が途切れた時、理恵は依子に尋ねた。「さっき原田くんと何を話していたの?」「別に。ただ、さっきは大丈夫だったかって。ほら、理恵が助け舟だしてくれた人のこと。」「ああ、あの人ね。それでなんて言ったの?」
「理恵に助けてもらったから大丈夫って言って、心配かけてごめんなさいって。」「そう。」