Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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絆〜ほんとうに大切なもの(1)

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 そういえば卒業間際に川端さんに告白すると言ったら、山岡はがんばれ、って言ってくれたんだっけか。駄目だったよと言いに行ったら、小西も一緒で、まあ気にするな、という口ぶりだったが、よく考えたら変な話だよな。まるで俺が失敗することが分かっていたみたいだ。いやしかし、いくらなんでも予知能力をあいつらが持っているわけはない。考えすぎだな―。
 俊彦は電車に乗り込み、ドアに近い座席に腰をおろした。大学のある駅までは5駅ほどで決して遠いわけではないが、最近は短い距離でもやけに座りたくなる。学生時代は実家から1時間半かけて通っていたが、行きも帰りもほとんど座ったことがなかった。俺も年だな。俊彦はあらためてそう思った。
 電車を降りて懐かしいキャンパスのほうへ歩いていくと、途中で小西に会った。「よう、トシちゃん、元気そうじゃないか。」俊彦は内心、この年になってトシちゃんはやめてくれよ、と思ったが、気にしない素振りで、「お前も元気そうだな。」と返した。「なあ、知ってるか?山岡が準備委員をやってるんだが、今日ステージに上がって花束を受け取るのは川端さんらしいぞ。なんでも急に決まったらしい。午前中はダメという話だったんだが、ご主人が案外早く仕事に出かけて、来られるようになったそうだ。」
 川端さん、という名前を聞いて、俊彦は胸がざわめくのを感じた。つとめて冷静に「そうか」と言ったが、口から出た声を聞いてパニックしそうになった。なんで俺はこんなに声が裏返ってるんだ!?しかし小西は話に夢中で気づいていないらしい。俊彦はなるべく音を立てないように、2、3回深呼吸をした。



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絆〜ほんとうに大切なもの(2)

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 依子は9時45分に講堂に着いていた。まだ人もまばらなキャンパスで思いっきり深呼吸をすると、はあ、と大きく息をついた。図書館も懐かしいな。講堂の目の前にある図書館を眺めながら、依子は学生時代を思い出していた。仲良し4人組でおしゃべりするときに、図書館内の会議室を予約するのが依子の役目だった。本当は勉強など「有意義な」目的にしか使ってはいけなかったみたいだけど、理恵はいつも「あら、おしゃべりだって大変有意義な活動よ!」と言ってたっけ。
 あの頃は大学を出て、お父さんの決めた人と結婚するのが当然だと思ってた。でも人生って色々あるのよね。選択肢はひとつじゃない、って最近実感するわ。「あーあ、私ももっと遊んでから結婚したかったなあ。」思わず口をついて出た言葉に自分でも驚きながら、依子はあわてて周囲を見回した。幸い誰も聞いていなかったようだ。ホッと安堵のため息をついたところで、後ろから声をかけられた。
 「遊びたかったなんて物騒なこと言ってるのはだあれ?」振り向くと理恵がニコニコしながら立っている。「理恵!もう、おどかさないでよ!」「あら、おどかしてなんていないわよ。依子が勝手におどかされてるんじゃない。」「もう、屁理屈言わないで!」「うふふ。依子、案外早かったじゃない。遅れてくるかと思ったわ。」「何よ、失礼しちゃうわね。私だっていつまでも遅刻クイーンじゃありませんから。」「誰が遅刻クイーンだって?」
 現れたのは先ほど俊彦と小西のあいだで話題にのぼった山岡だった。「依子、山岡くん覚えてるわよね?」「え、ええ。」「我らがマドンナの川端さんに覚えてもらっているとは光栄だなあ。」本当はよく覚えていなかったのだが、返事をしたあと、山岡が俊彦とよく一緒にいたことを思い出した。ああ、原田君と一緒にいた人だわ。その瞬間、顔がカーッと赤くなるのを感じた。体じゅうが熱い。私ったら、一体どうしちゃったのかしら?



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絆〜ほんとうに大切なもの(3)

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 予想もしていなかった自分の反応に、依子は思わず不安になった。「依子、どうしたの?顔が赤いわよ。熱でもあるの?」理恵の問いかけにも、下を向いたまま首を横に振るのがやっとだった。しばらく静かに深呼吸をして落ち着きを取り戻したあと、依子はいつもの調子で言った。「大丈夫。もう式典が始まるのよね。私はどこにいればいいのかしら?」
 式典は、旧友たちと近況報告をし合うざわめきの中で始まった。俊彦も例に漏れず、かつての同級生たちと名刺を交換している。「トシちゃんがこんないいところに勤めてるなんて知らなかったよ。」一人が感嘆すると、すかさず小西が横から茶々を入れる。「岸本が知らないのは当然だろ。お前ずっと音信不通だったじゃないか。」岸本は照れくさそうに「まあな。」と答え、話題を変える。
 「山岡が準備委員やってるっていうじゃないか。しかも川端さんと一緒に。あいつ、川端さんに告白したんだろ。まだ一年のうちだったのに、卒業したら田舎に帰って親の決めた相手と結婚するって言われて、やけになってたよなあ。俺の川端さんを返せ、とか言って。まあ酒の勢いもあったんだろうが、誰がお前のだよ、って言いたくなるよな。山岡にしてみたら、今回準備委員を一緒にやれて満足なんじゃないか?」
 ひとしきりしゃべり終わって、岸本は小西の気まずそうな顔に気づいた。「なんだ、どうしたんだ?小西、なんでそんな顔してるんだ?」ふと小西の視線の先に目をやると、そこには青ざめた俊彦がいた。岸本はそこではじめて、自分がまずいことを言ったと気づいた様子で、小西に向かってスマン、という手振りをしてみせた。
 そうだったのか、だからあいつ、俺がダメだったって言ったら、気にするなと言ったのか。でもそんなこと一言も言わなかったじゃないか―。裏切られたような思いで、俊彦は小西に言った。



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絆〜ほんとうに大切なもの(4)

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 「山岡のやつ、水くさいじゃないか。小西、お前も知ってたんだろう?」「ああ、知ってたさ。でもお前には言うなって言われたんだよ。」「なんでだよ、友達じゃなかったのかよ。」「じゃあ聞くがな、もし山岡が本当のこと言ってたら、川端さんに何も言わないまま卒業したのか?」そう問われて俊彦は思わず言葉につまった。
 たしかに、山岡に本当のことを言われていても、自分は大丈夫だと高をくくっただろう。俺は山岡とは違うと思いたかったはずだ。それで断られる方が何倍も惨めだったに違いない。俊彦は急に自分が恥ずかしくなった。同時に、今までいかに周りのことを考えず、がむしゃらに突っ走ってきたかを思い知った。もっと周りを見ないといけないな―。俊彦のすっきりした表情を見て、岸本も小西もホッと胸をなでおろした。壇上では同期の中から選ばれた代表者の演説が始まったところだった。
 「準備はいい?もうすぐ出番よ。」舞台袖で理恵に言われた依子は、緊張が高まるのを感じた。心臓が耳のすぐ近くにあるみたいに、鼓動が大きく聞こえる。その隣で、理恵は山岡と演説者の話題で盛り上がっている。
 「今はお父さんの会社を継いでるそうだけど、昔はラジオDJで活躍してたんだってな。」「そうなの。人気あったわよ〜。事業も成功してるなんてホント尊敬しちゃうわ。」「おまけにあんな美人だなんて、天は二物を与えたもうたか、と思っちゃうよな。」「あら、才能とか美貌とか、天賦のものは1%なのよ。天才だって99%の努力が必要なんだから。」
 「出たね、超ポジティブ思考。松平さんのそんな所が俺は好きだな。」「まあ、山岡君も誉め上手ね。政治家に向いてるんじゃない?人の心を掴むのが上手いもの。」「いやあ、俺なんかとても無理だよ。」「なーんて、実は狙ってるんでしょ。正直に言わないと投票してあげないわよ。」「まいったな、ははは。」