その夜、俊彦は久しぶりに夢を見た。『星の王子さま』に出てくる王子さまと会話をしていて、まるでお話の中の旅人になったようだった。本当に大切なものは目に見えないんだ、そんな言葉を聞いたときだったか、突然王子さまの姿が女性に変わり、近づいた俊彦は驚いた。それは依子だったのだ。呆気にとられる俊彦に、依子は話しかけてきた。あなたの大切なものは何ですか?俊彦はどぎまぎしながら、俺の大切なものは・・・と考えていると、答えを促すかのように、あなたの大切なものは、なんですか、・・・・まるでエコーがかかったようにあらゆる方向から声が聞こえてくる。
しかもさっきまで依子だったその女性は、いつのまにかミチルになり、俊彦を問いつめた。あなた、大切なものはあたし、って、なぜ言ってくれないの?あなたの大切なものはあたしでしょう?あなたのあなたの―大切な大切な―ものはものは・・・
「やめてくれーっ!」俊彦は思わず大声をあげた。「あなた、あなた、どうしたの?大丈夫?」やめてくれ、ミチル、やめてくれないか。「一体どうしたっていうの!?あなた変よ!」その強い口調で目が覚めた俊彦は、そこが自宅の寝室であることに気づき、ふうっと安堵のため息をついた。「ひどくうなされてたわよ。汗びっしょりじゃない。」そう言われて初めて、自分がひどく汗をかいていることを知った。「それにお化けでも見たような顔してるわ。顔洗ったら?」お化け、そうだな。あんなの、化け物以外にありえない。
着替えて洗面台へ向かう俊彦の背中から、ミチルの声がする。「あたしはもう少し寝かせてもらいます。睡眠不足はお肌の大敵なんですから!」ああ、いつまででも寝ててくれよ。お前がいつまで寝てたって世の中変わりはしないさ。心の中で悪態をつくと、俊彦はうろたえた自分に喝を入れるように、冷たい水で顔を洗った。 |