「もしもし、依子?あたし、理恵よ。久しぶりね。元気?」「うん、元気よ。本当、久しぶりね!1年半くらいかしら?」「もうそのくらいになるかしら。実はダンナが東京に戻ることが決まったんだけど、まだ引継ぎやら何やらで忙しいから、私だけ先に戻ってきたの。ねえ、遊びにこない?」「行きたい!でも、今日はダメなの。来週なら行けると思うわ。」「じゃあ来週の火曜日でどう?お菓子作って待ってるわよ。」「嬉しい!理恵のお菓子、本当に美味しいものね!期待してるわ。近くなったらまた電話するわね。それじゃあ。」「うん、それじゃあね。バイバイ。」
理恵は夫が九州に転勤になったので、この1年半、一緒に九州で生活していた。九州行きを決めてから、仕事もすっぱり辞めた。かなり慰留されたらしいが、本人はいたって淡白で、どうせいつか辞めるつもりだったから、今辞めても同じだと思ったのよ、と言うのだった。依子は何事も自分で決めている理恵がまぶしく思えた。自分は、結婚するまでは親に従い、結婚してからは夫に従うものと思って生きてきたからだ。だが夫は、君の好きなようにしていいよ、というのが口癖だった。初めてそういわれたときは意味が分からなかった。今でもよく分かっていないかもしれない。
自分の好きにするというのはどういうことなのか、そもそも自分の好きなことは何なのか、依子はそれまで一度も考えたことがなかった。同窓会の話をしたときも、夫は、「君が行きたいなら、行ってきたらいい。僕はその日仕事だから行けないが、同級生と会うなら、僕はいないほうがいいんじゃないか。久しぶりに羽を伸ばしておいで。」と言った。だがそれが依子にはまるで自分が関心をもたれていないかのように聞こえるのだった。 |