Creator’s World WEB連載
Creator’s World WEB連載 Creator’s World WEB連載
書籍画像
→作者のページへ
→書籍を購入する
Creator’s World WEB連載
第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

サマーデイズ 第33回

LINE

「どうだ、あっぱれな侍だと思わないか?」
「そうね、謙司と違って」
「俺もさ、中学一年の時、同級生の女の子にひっぱたかれたことがあってさ、手も足も出せなかったね」
「そう」
 京子の口調がちょっと皮肉っぽくなった。
「抵抗すれば負けると思ったのさ。そんな弱虫がちょっと空手をかじって、何年もたってから別の女の子に足上げてりゃ世話ないって。人間の本質なんて、簡単には変わらないね。三子の魂百までとはよく言ったもんだ」
 いい加減にしてよ。京子は、小さな声でクッと笑った。優しい笑い方なのだが、それが失笑に聞こえてしまった謙司は気まずそうな表情になった。
「君は、三子の頃からガキ大将だったのか?」
彼はぎこちなくたずねた。少し自虐が過ぎたことをさすがに恥じているようだった。
「そう思う?」
 京子の口調は落ち着いていて、大人の女のようだった。謙司の声が少し小さくなった。
「分からないから聞いてるのさ」
「木登りや蝉捕りもやったけど、人形遊びも好きだった」
「両方いけるんだ?」
「お花摘んだりとか。驚いた?」
「別に」
「謙司は?」
「家に閉じこもって、本読んだり絵描いたり、一人遊びばかりやってたね」
 そんなところだろうと見当を付けていたので、京子は微笑んだ。
「自閉症気味の文学少年ね」
「君も俺も、これで結構人生が狂ったわけだ」
「そうでもないよ」
 京子は、涼しく優しい目をしていた。
「あたし、もう喧嘩やめる」
「めでたいね。もう犠牲者が出ないですむ」
「負けたら引退って決めてたのよ」
「それなら順調な人生だ」
「そうだ、引退記念にヌ−ド写真でも撮っとこうかしら」
「見合い写真にでも使うといい」
「いい考えね」
「…俺も近頃飽きてきたよ、空手なんて」
 謙司は、両手を頭の後ろで組んで仰向けになった。



第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

サマーデイズ 第34回

LINE

「文学少年が、何で空手なんかやったの?」
「強くなきゃ損すると思ったのさ。中学に上がった時、体を鍛えるためだと思ってバスケ部に入ったんだ。ところが練習はキツいし、さっぱりうまくならねえって周りからはバカにされるしで、三ケ月でやめちまった。夜逃げ同然でさ、はっきりやめるって申し出ないで、いつの間にかドロンさ」
「ホント、謙司って弱虫なんだから」
 京子が目で笑いながら言うと、謙司は胸に甘い痛みを感じた。
「こっちも悩み多き青春でね。女の子にはひっぱたかれるし」
「それで一念発起?」
「そういうこと。そりゃヒソウな覚悟だったんだぞ。それで、高校一年の時に黒帯になった。やったあてなもんさ。先輩何十人もごぼう抜きにしたんだからな」
「絵に描いたみたい」
 皮肉を言いながら、それでも謙司の話を楽しそうに聞いている。
「それが最近、練習しててもあまり熱が入らなくなってきた。勝ってもそれほど面白くないし、
負けりゃうれしくないしで…、もともと向きじゃねえんだろ、格闘技なんて」
「そうみたいね」
「昔、よく親父といっしょにボクシングのテレビ中継なんか見てさ、恨みもない者同士がリングの上で血を流して殴り合ってるのなんか、残酷で見てられなくてね。チャンネル勝手に他へ回しちゃ親父に怒鳴られたもんさ。ホント、人間の性格なんて変わらないね」
「いいじゃない、無理に変えなくたって。謙司は謙司よ」
 この意気地無し。自分を初めて負かしたこの若者を、京子は愛おしむようにそう思った。
「俺も軌道修正だな…。俺もヌ−ド写真撮るか、君に対抗してさ。自費出版なんつって」
「ゲイの連中が喜ぶわよ」
「君、買ってくれよ」
「あたしのと物々交換よ」
「その手があったっけ…。あ−あ、何か面白いことねえかな。もちっと気の効いたことでもやりたいね、ど突き合いなんかじゃなくて」
「気の効いたことって?」
「さあな。生きてるうちに分かんだろ」


第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

サマーデイズ 第35回

LINE

 二人の言葉が途切れて、一時の沈黙があった。謙司は、自分の話がつまらなくて京子をがっかりさせたのではないかと心配になり、おずおずと彼女を見上げた。
 むせるような蝉の声の中で、京子は、草むらに脚を投げ出して遠くを見ている。瞼にかかる前髪を首を振って払う仕草をすると、陽の光の中に栗色のポニ−テ−ルが舞った。
 京子は、ひたすらに美しかった。彼女は、謙司の姑息な心の動きとは無縁のところにいる。
 彼は、自分と京子が腰を下ろしている場所の高さの違いが、そのまま二人の心のありようの違いのように感じられて一人で気まずくなってしまい、足元の草をむしり取ったり、土のからんだ根ごとそれを放り投げたり、間がもたぬような仕草を繰り返していた。
 一才年下のこの娘が、自分よりも大人に見えて仕方がない。おまけに、俺より辛い体験をしているこのコのほうが輝いて見える−
 謙司が再び、おそるおそる京子のほうを見ると、真っ直ぐに彼を見下ろしている彼女の目とかち合った。涼しげで落ち着いた、微かに笑っているような柔らかい眼差しだった。彼は光に弾かれるように前を向いてしまった。情けなさが身にしみた。
「ねえ謙司、脚が痛いんだけど」
 京子は、もぞもぞしている謙司をゆったりと見遣ってから、拗ねたような声を出した。
 彼はきょとんとしたが、じきに先程の格闘のことを思い出した。「あ、そうか…。骨には異常ないと思うが、帰ったら一応冷やしといたほうがいい。散々鍛えた体なんだし、どうってことないだろ?」
 いくら全力ではなかったとはいえ、怒りにまかせて女に暴力を振るったことに変わりはない。
「揉んで」
 京子は顎をややしゃくるようにして、甘えた声で謙司に゛命令″した。
「どれ」
 彼は腰を上げると、緩やかな傾斜の草むらに両脚を投げ出している京子のほうへ歩み寄った。
謙司が京子の傍らへ登って来て、二人の目の高さが同じになった。
 彼は京子の左側に片膝をつくと、両手を彼女の太股に宛てがった。
彼が蹴りを入れた部分が明らかにぷっくりと腫れ上がり、鹿革の胴着を通してもはっきり分かるほど熱を持っている。これはかなり痛いはずだ。
 謙司は、腫れの部分を避けて、その周囲からマッサ−ジすることにした。鍛え抜かれているはずなのに、意外なほど柔らかかった。
「よく平気で歩けたな」
「大した蹴りじゃなかったよ」
「それにしちゃ、軽々と吹っ飛んだもんだな」
謙司が皮肉を言ったはずみに彼の左手が京子の股間に伸びそうになり、慌てて引っ込めた。
「だいいち、本気でやったわけじゃない」
「そのあとは?」
 京子は言ってから、歯を剥き出して噛む仕草をして見せた。謙司がうろたえた表情を見せたので、彼女はクッと声を立てて笑った。


第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

サマーデイズ 第36回

LINE

「キスぐらいさせてやるって言ったのはそっちだぞ」
 彼が舌を歯の裏側に宛てがって具合を確かめながら言うのを、京子は可笑しそうに見ている。
「俺のほうこそ、舌をマッサ−ジしてもらいたいね。こんなんじゃメシも食えやしないぜ」
「欲張ったバツよ」
(キスだけでやめろって言われてもな)
 謙司にしてみれば、京子を力ずくで奪おうとしたのは、決して欲望を晴らすためだけだったのではない。
 駅前で最初に彼女と目が合った時から、彼の胸にはいやに熱苦しいものが宿っていた。
そして、山中で彼女を追い回した時には、ただもうやみくもにこの娘が欲しいという想いに支配されていたのである。
 色恋のことなどこれまで露考えだにしなかった十八才の謙司にとって、それは言葉で言い尽くせぬ情熱であった。
 彼は、せっせとマッサ−ジを続けながらたずねた。
「手首は大丈夫なのか?」
 先程彼女を拷問まがいに攻め立てた際、そこをかなり痛めたはずだった。
「なんともないわよ」
 彼女は涼しい声を出した。
「ちょっと見せてみろよ」
 京子は微笑しながら、絞り上げた袖口をほどいて両手首を出して見せた。
彼が握りつけた辺りが青黒いあざになり、数ケ所皮膚が破れて血がにじんでいる。
「こんなになるまで頑張るか?」
 謙司は呆れたように笑った。実のところ、彼女がもう少し強情を張っていたら、こちらが降参しかねなかったのだ。
「よく言うよ、自分でやっといて」
「女をいじめるってのは、どうも俺の趣味じゃねえな」
「あたしの脚を揉むほうがいい?」
「当然さ」
 彼の言葉に実感がこもってしまい、京子はクスッと吹き出してから、声を立てて笑った。
 風が稲の香を運んで、二人を吹き抜けた。西に傾き始めた陽の光が、京子のポニ−テ−ルを金色に浮かび上がらせて輝いている。
謙司はもう一度、この一つ年下の野性の少女に眩しげな目を向けた。
「ねえ、袖を緩めたついでにさ、」
 京子は、ふいに上着の胸を右手で押さえた。
「これの脱ぎ方教えてあげるわ」
「そりゃあ有り難いね」
 冗談に謙司をからかっているのかと思ったら、彼女は本当に脱ぎ始めた。その仕草には、少しのためらいもなかった。