「どうだ、あっぱれな侍だと思わないか?」
「そうね、謙司と違って」
「俺もさ、中学一年の時、同級生の女の子にひっぱたかれたことがあってさ、手も足も出せなかったね」
「そう」
京子の口調がちょっと皮肉っぽくなった。
「抵抗すれば負けると思ったのさ。そんな弱虫がちょっと空手をかじって、何年もたってから別の女の子に足上げてりゃ世話ないって。人間の本質なんて、簡単には変わらないね。三子の魂百までとはよく言ったもんだ」
いい加減にしてよ。京子は、小さな声でクッと笑った。優しい笑い方なのだが、それが失笑に聞こえてしまった謙司は気まずそうな表情になった。
「君は、三子の頃からガキ大将だったのか?」
彼はぎこちなくたずねた。少し自虐が過ぎたことをさすがに恥じているようだった。
「そう思う?」
京子の口調は落ち着いていて、大人の女のようだった。謙司の声が少し小さくなった。
「分からないから聞いてるのさ」
「木登りや蝉捕りもやったけど、人形遊びも好きだった」
「両方いけるんだ?」
「お花摘んだりとか。驚いた?」
「別に」
「謙司は?」
「家に閉じこもって、本読んだり絵描いたり、一人遊びばかりやってたね」
そんなところだろうと見当を付けていたので、京子は微笑んだ。
「自閉症気味の文学少年ね」
「君も俺も、これで結構人生が狂ったわけだ」
「そうでもないよ」
京子は、涼しく優しい目をしていた。
「あたし、もう喧嘩やめる」
「めでたいね。もう犠牲者が出ないですむ」
「負けたら引退って決めてたのよ」
「それなら順調な人生だ」
「そうだ、引退記念にヌ−ド写真でも撮っとこうかしら」
「見合い写真にでも使うといい」
「いい考えね」
「…俺も近頃飽きてきたよ、空手なんて」
謙司は、両手を頭の後ろで組んで仰向けになった。
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