「あれを生け捕りにしたら、大ニュ−スになるんだがな」
「それじゃ、謙司が捕まえて持ってけば?」
「入れ物がありゃなあ」
彼が本当に惜しそうな顔をしているので、京子はフッと笑った。
「あれぐらいで驚いてちゃ、この辺りは出歩けないわね」
「全くとんでもないところへ来たもんだ。オイ、俺を一番の奥地へ連れて行くなんつって、無事に帰れるんだろうな?」
「まあ、運次第ってとこね」
謙司は苦笑した。
「遭難覚悟だな、こりゃ。しかし君、普段山ん中で武術の練習してんだろ?さっきの稽古場だって、君が自分で造ったんだろうが。もしヤマヅチに出くわしたらどうする気だよ?」
「平気よ、ヤマヅチなんてもっと奥のほう行かなきゃいないから。それも二、三年に一度現れるかどうかだし」
「二、三年に一度もか?それじゃ、今まで随分大勢死んだろ、奴にやられて?」
「人間がやられたのを見た人はいないの」
「うまく出来た伝説だ」
「その場に居合わせた人間は皆殺しにされるからよ。現に、昔から何人も山の中で行方不明になってるわ」
「そういうことか」
「人間の若いのが、ヤマヅチの一番の好物なんだって」
「それじや、君や俺なんか一番の御馳走じゃねえか。くわばらくわばら」
「でも、身を守る方法もないわけじゃないわ」
「どんな?」
「ヤマヅチが現れる時は、前触れがあるのよ」
「ほう」
「蝉が鳴かなくなるの」
「蝉が?」
「蝉だけじゃなくて、鳥も他の動物達も、ヤマヅチの気配に気付いて皆いなくなっちゃうの」
「人間だけが気付かない…」
「だからさ、山ん中で蝉や鳥が鳴かなくなったら、タバコを目一杯ふかしながら逃げろっていうわけ」
「そういや、蛇はタバコのヤニが嫌いなんだっけ。なんだ、案外簡単じゃないか」
「謙司、タバコ持ってるの?」
「いや…」
思わず真顔になった彼を覗き込んで、京子は小さく笑った。 |