彼女は腰が宙に浮いた姿勢のまま、それでも呆れるほどのしなやかさで、獣が唸るような激しい息遣いとともに膝蹴りを放ってくる。謙司は、股間への蹴りを警戒して彼女の両足の間へ足を突き入れながら前進し、軸足を払って倒し込んだ。広場の端の木の幹を背にして尻もちをついた京子の両手首を、力まかせに背中へ廻させた上、両膝の上に馬乗りになってがっちり押さえ込むと、彼女は完全に身動きが取れなくなった。 縄目をふりほどこうとする狂人さながら激しくもがく京子を抱くように押さえ付けたまま、謙司は彼女の両手首を力まかせに握りつけた。手首の骨がひしぐ感触があって、京子は歪めた顔を上に向けながら、ぐうっと喉の奥を鳴らしてうめいた。彼の握力は左右とも百キロを超えている。その力を全く加減せず握りつけたとあっては強烈な苦痛に違いないのだが、京子は悲鳴をこらえて痛みに耐え抜いた。
「どうだ!まだやるか!」 力を緩めた謙司を、京子は精一杯睨み返した。だが、その目からは獰猛さが薄らいでいる。
謙司は、再び彼女の手首を渾身の力で握りつけた上に、両肘を決めて強く捩り上げた。
「ひいいっ!」
人に痛めつけられて悲鳴を上げたことなど滅多になかった。京子にしてみれば、こう見事に組み伏せられてはどうすることも出来ない。万一この場を切り抜けて再度立ち合いに持ち込んだとしても、勝ち目のない相手であることは分かっている。
もうこれまでだ−その思いが兆した途端に、彼女の胸の内で真っ黒な要塞が音を立てて崩壊した。
ようやく力を抜いた謙司を見る京子の眼差しには、哀訴の光があった。戦意を無くしていることは明らかだった。 京子を正面から後ろ手に押さえ付けているので、彼女の顔が鼻に触れんばかりの位置にある。謙司の頭の中が一瞬真っ白になった。彼は遮二無二に京子の唇を奪った。近くの木の枝にいたサルが気配に驚いて逃げ出し、大型の野鳥が奇怪な鳴き声を残して、枝葉を揺るがせながら飛び去って行く。謙司がそのまま狂熱の嵐に翻弄されるに任せて想いを遂げようとした時、突然舌に激痛を感じた。京子が噛み付いたのだ。彼は、反射的に京子を放して飛び退いた。 |