京子は、土と砂利の山道を排ガスを残してゆっくりと走り去るバスを、道路の中央で仁王立ちになって見遣り続けた。その若者が、気になるのかバスのリアウィンドウ越しにこちらを振り向いているのが見える。 京子は、躍るような挑戦欲と闘争心とは別のものが胸の内に兆していることに気付いて、微かな戸惑いを覚えた。が、それが何なのかを詮索するより、今はとにかくあいつに勝負を挑むことが先決だ−
(何だ、あの女は。俺の顔に何か付いてたのか?)
謙司は、原井戸へと向かうバスの中で、次第に小さくなって行く猫に似た顔のその娘を、最後部のシ−トからリアウィンドウ越しに見ながら、怪訝な思いでいた。彼女は、道路の真ん中に突っ立って腕組みをしたまま、圧迫するような目付きで謙司を見据え続けている。女とも思えぬポ−ズだ。
彼は向き直ってシ−トに座り直したが、いよいよ緑深くなって行く窓外の景色は、既に目に入らなくなっている。
初めて見る顔だった。その直前に何かあったわけではない。あんな、射抜くような眼差しを向けられる筋合いはないのだ。
謙司は不審さを募らせたが、それが不快さとは違ったものであることが一層不思議だった。彼の心は、点火した発煙筒の煙が充満したような状態になった。その奥のほうに、何かざわめくものがある。
(この土地の女か?都会者が珍しいのかな)
謙司はそう思おうとしたのだが、ここにいる一団全員が見るからに都会者のいでたちをしているではないか。それなのにあの娘は、明らかに彼だけを見ていたのだ。
(一体何なんだよ、あの女…) |