Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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サマーデイズ 第5回

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「お前ら口出しするな。関係ねえだろ」
 それでなくても道代の視線が気になる謙司は当惑気味に言ったが、浩二と洋平に対しては暖簾に腕押しだった。
「脈がありそうに見えるぜ」
「ヘッヘッヘッヘッ!」
 旅行中、ずっとこの調子で責め立てられるに違いない。おまけに、道代のアタックをどうかわしたものか。謙司は、旅行の日程が三泊四日もあることを思い出して頭が痛くなった。
 『奥安妻』号は、ブレ−キ音を軋ませながら、月影駅の野ざらしのホ−ムに滑り込んだ。他に乗降客のほとんどいないホ−ム上に華やかな若者の一団が降り立って、どやどやと改札口へ向かった。『奥安妻』は、のどかなディ−ゼル音を残してゆっくりと走り去って行く。
 平野部に比べればさすがにいくらか気温は低いが、それでも真昼近くの夏の太陽が照り付けて相当な暑さだ。蝉の声が、辺りに迫る山並みから津波のように押し寄せて、彼らを呑み込んでいた。
「山の中は涼しいだァ?後悔すんのはお前だろ」
「夏だよ、夏!」
 浩二と洋平が、皮肉を並べ立てて謙司を置き去りにした。
 古びた木造駅舎の改札口を通って駅前広場に出ると、その中程にバス停があった。もうじき夏祭りなのか、電柱や街路灯には、数珠繋ぎの祭提灯が飾られていた。
 広場の周囲は、食堂やらタクシ−会社の車庫やらが取り囲み、その先から線路に平行するように延びる未舗装の道路に沿って、埃と雨を浴び続けて白茶くなった民家や商店が並んでいる。駅舎の先にある貨物の積み降ろし場には、うず高く積まれた枕木に雑草が生え、その傍に錆びたコンテナが放置されていた。
 一行が乗車するバスは、既にバス停に横付けされている。彼らが一まとまりになって人数を点検している時、駅舎の先につくねんとした様子でいる一人の若い女を、浩二が目に留めた。
「おい、あれ…」
 彼は女のほうを見たまま、傍の洋平にささやきかけた。



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サマーデイズ 第6回

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 その娘は、枕木を立てて造った線路脇の柵に寄り掛かって、所在なげに爪先に視線を落としていた。栗色の長い髪をポニ−テ−ルに結った彼女は、猫のような小さな顔と均整の取れた肢体を持った、東京でも滅多に見掛けぬくらいの美しい娘だった。
「お、マブイじゃね!…」
 洋平はたちまち顔を輝かせた。多分この土地の娘なのだろう。赤いTシャツにジ−ンズという無造作な服装に包まれたその全身からは、東京の若い女には見られぬ野趣を発散していた。
「あのコ加えりゃ七対七、余りは無くなるぜ」
 浩二が小声で言う。
「ちょうといいや、あのコは俺が頂きだ」
「バカ、最初に目ェ付けたのは俺だよ」
「ぬかせ、クジ引きだよ、クジ引き!」
 二人は早速、うきうきした足取りで彼女のほうへ駆け寄って行った。
「ねえ君、この町のコ?」
 浩二が我先に声を掛けると、娘はぎろりと二人を見据えた。美貌に相応しくない、獣のような獰猛さと凶々しさをたぎらせた目だ。
 浩二と洋平は肝を冷やしてその場に立ちすくんだ。その眼差しは灼き付けるような烈しい光を放っていて、二人は恐れをなしてしまった。
「いや、その…、時間聞こうかと思って…」
 浩二がしどろもどろに言い訳するのを受けて、洋平が蚊の鳴くような声で助け船を出した。
「十一時頃じゃねえか?さっき駅ん中で時計見たじゃんかよ…」
 なんとかその場を取り繕ったつもりの二人は、ほうほうの体でそこを離れた。
「やべえ、やべえ…」
「あのコ、この辺じゃカオだぜ、きっと」
 京子は、仲間らしい十人ほどの若い男女のグル−プのほうへ尻尾を巻いて逃げて行く二人を見ながら、心の中で憎々しげにつぶやいた。
(あいつらか、田代のおやじんとこへ泊まるっていう東京モンは。ふん、ちゃらちゃらとカッコばっかつけやがって)


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サマーデイズ 第7回

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 最新の夏の装いに身を包んだその「東京モン」の一団を、京子は嘲弄するような目でねめつけた。彼らは賑やかにはしゃぎながら、停留所に停まっているバスに次々と乗り込んで行く。
 行列をなしているそのグル−プの最後尾にいる若者が、ふと京子の目に留まった。茶色のトレ−ナ−に木綿のスラックスという、どちらかといえば朴訥ないでたちで、華やかなファッションの一団の中で却って異彩を放っている。色白で顔立ちこそ幼い感じだが、その身に纏う硬質の雰囲気は、たった今彼女をナンパしようとした二人組と同世代とはとても思えないものだった。
 彼のたたずまいを見て、京子の胸に閃光が過ぎった。彼女は寄り掛かっていた柵を離れ、正面からその若者を見据えた。
 京子の突き抜くような視線に気付いたものか、彼はふと彼女のほうを見た。
 目線が合った時、彼の涼しげな眼差しに不審そうな表情が過ぎった。だが、彼はさして動ずる様子も見せず、じきに視線を向け直してバスのステップを上り、車内に消えて行った。
 槍のような京子の眼差しを受けながら、彼は一向に平常心を崩さぬように見えた。怒りに似たものが込み上げて来て、彼女の心は俄に泡立った。
 これまで、京子の視線をまともに受け止められる男はいなかった。どいつもこいつもたいていは慌てて目を外らすか、あるいは、
−なんだ、このアマ−
 とばかりに、いきり立って向かって来るような手合いばかりであった。だが、この若者はそのような連中とはだいぶ趣が異なっている。
 じきに発車したバスを尚も目で追いながら、彼女は血が騒ぐのを抑えられなかった。


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サマーデイズ 第8回

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 森沢京子は、原井戸に隣接する桑野原という集落の住人である。
 この辺りには、戦国時代の頃から自衛のための武術が伝えられていた。その昔の山賊や野盗団の襲撃に備えたもので、スキ、クワ、カマなどの農具を武器として用いる他、素手による格闘術もあり、更に戦国時代に出兵した農民達が戦場で覚えた刀や槍の使用法も加味した、極めて実戦的な闘争の技術である。
 京子は、十二才の時から父の吉松に付いてその武術を修めて五年になる。
 生来勝気な性質であるのに加え、何の情念に取り付かれたのか、狂ったような激しさで稽古に没頭した。その上達の速さには吉松も驚いたほどで、十五才の時には、既に道場で一、二位を競うほどの実力を持っていた。
 少女とはいえ、彼女の体力、運動神経は野獣まがいと言ってよかった。六十キロの米俵を楽に肩まで担ぎ上げ、三メ−トル近い高さの木の枝にその場で跳び上がってぶら下がることが出来た。飛んでいる蝿を短剣で斬り落とすなど朝飯前である。
 ちょうど高校に進学した頃から、自分の実力を試すつもりなのか、京子は近在の町や県都前崎にまで繰り出し、これと思う若い男に喧嘩を吹っ掛ける癖があった。
 一度も負けたことがなかった。相手にしたのは、高校や大学の運動部員や応援団員、あるいはいかれたなりの不良グル−プや番長風など、いずれも腕っ節自慢の連中ばかりである。そんな奴らが、京子の手にかかると、全く問題にもならず打ち負かされてしまう。
 そのように男相手の喧嘩三昧に明け暮れた京子の目には、たった今仲間達と共にバスで走り去ったあの東京の若者が゛只ならぬ奴″と映ったのだ。そこで、彼女は早速挑んでやろうという気になったのだった。