Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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サマーデイズ 第65回

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今日の別れ際、京子はいそいそと申し出た。
「ねえ、今夜祭行こうよ」
「行きたいのはヤマヤマなんだが…」
「え?…」
「今夜、他の旅行のメンバ−と全員で行く予定なんだ。団体行動だし、あまり勝手ばかりやるわけにも…」
「そう…」
京子は心から落胆したように、一旦うつむいてから少しうらめしげに謙司を見上げた。自分の気持ちを包み隠さず、全身で表現する娘だった。
彼女はじきに気を取り直した。
「たまには団体行動の練習もしとかなきゃね」
殊更に元気そうな足取りで立ち去って行く彼女の後ろ姿を思い出しながら、謙司こそがうらめしい気持ちで一杯だった。京子が垣間見せた失望の表情を、思い出すだけで辛い。
「やい、お前らッ!」
謙司はいきなり振り向いて一喝した。六人はギクリとして、雷に打たれたように立ち止まった。
「黙って聞いてりゃいい気になりやがって。用心棒でもポ−タ−でもやってやるが、俺は安くないぞ。お前らの女三人、今夜だけ俺に貸すなら引き受けてもいいぜ」
謙司が最後まで言い終わらぬうちに、六人はぽかんとした顔になった。彼らの視線は、謙司越しにその背後まで延びている。
道代が含み笑いしながら、顎をしゃくってその方向を指し示した。
「なにい?」
謙司が振り返って見ると、行く手に人影がひとつ近づいて来るのが見える。
祭仕度を整えたその女が京子であると気付いて、謙司は目を見張った。彼女は他の六人を歯牙にもかけずに迫って来るなり、謙司の左手をひっ掴んで後も見ずに彼を引っ張って行った。
呆気に取られる六人を残して、二人は小走りに見る見る遠ざかって行く。
「見た?あれよ」
道代が呆れ顔で言った。
「なるほどな…、ボケの望月には似合いのタマだぜ」 



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サマーデイズ 第66回

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県内で三指に数えられる大祭だけあって、その喧騒は夜に入っても一向に止まなかった。露店が軒を連ね、人いきれに満ちた月影町の中心街は、辺りから押し包むように迫る夜気を煌々と弾き返していた。
「またその話?」
明夫がヤマヅチを撃退した一件を謙司が未練がましく持ち出したので、京子はもともと上を向いている眉を一層吊り上げた。
「たしかにあたしはあの時、明夫のおかげで命拾いしたわよ。でもね、あれはまぐれ」
「マグレ?そりゃ言い過ぎだ」
「またそんなこと言って」
むずかる園児をたしなめる保母のような彼女の口調に、謙司は見透かされてしまったような気恥ずかしさを覚える。
「二メ−トルもあるヤマヅチなら、クマだって楽に倒せるんだからね。そんな怪物を十才の子供がまともに追い払えると思ってるの?」
二メ−トルだと…!たぶん小物だったんだろうと自分に言い聞かせていた謙司は、打ちのめされそうになった。
「明夫の気合い勝ちだって…」
彼の声が、つい虚ろになる。
「だからマグレなのよ。もののはずみ。ちょっと考えればそれくらいのこと分かるでしょ?あたしはね、謙司が明夫と同じことが出来なくたって、そんなこと全然関係ないの。もう、いい加減にしてよね」
京子はプイと前を向いてしまい、謙司の少し前を勝手に歩いて行った。バツが悪そうな顔をして後をついて行く彼の目に、ハッピの裾からあらわになった彼女の両脚がいやでもなまめいて見え、うらめしいほどだ。
昼に京子からその話を聞いて以来、謙司の心に地鳴りのようにわだかまるものがあった。時間が経つほどに、それは重い波紋を広げて行く。
ヤマヅチという猛毒蛇がどれほど恐ろしいものか、見たことのない謙司には分からない。だが、彼女を襲おうとしたのが例えば虎なら、大型のワニなら、あるいはホオジロザメだったとしたら、俺は身を挺して京子を救うことが出来るか、彼女の身代わりに食いちぎられることが出来るか…そう考えて、彼は重く苦い思いが全身に広がるのを抑え切れなかった。
十才の明夫が、クマをも倒すというニメ−トルのヤマヅチを相手にとった行動は、それ以上かも知れない。多分、やせた大人が横になったくらいの大きさはあったのであろうヤマヅチは、明夫にとっては゛巨大なホオジロザメ″以上の怪物であったに違いない。
この時謙司の心に、まさか十才の少年がと思い、なんとか認めまいとしてきた考えが、明確な形をとって浮かび上がってきた。
−明夫は、京子のためなら、どんなにむごい死でもいとわぬ覚悟だった−
祭囃子の音も人々の雑踏も、既に謙司の耳には入らなくなっている。
明夫は、愛する京子を守ろうとして猛然と゛食いちぎられた″のだった。その鬼気に、さしものヤマヅチも恐れをなしたのだ。
そういえば明夫は、彼女のためならばと、マムシに素手でつかみ掛かってかまれたとも聞いた。山村の子供の戯れと気にもとめていなかったが、考えてみればこれも十分゛命懸け″だったはずだ。明夫は、京子に文字通り命を捧げた揚句、十二才で燃え尽きてしまったのである。
−明夫と謙司と、どっちが上かな−
その台詞こそ彼女の本音に違いない。昼に垣間見せた表情から考えても、彼女の心の中には依然、明夫という゛男の雛形″が息づいているのだ。
(もしもそれに及ばないとなれば、京子はバッサリと俺を切り捨てるかも知れない…)


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サマーデイズ 第67回

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前を歩いている京子が、ふいに振り向いた。その目には悪戯そうな笑みが浮かんでいる。
「そういや謙司、クマも怖くてあたしを盾にしたなァ」
「そんなことねえよ。俺の冗談真に受けやがって」
謙司がつい語気強く抗弁すると、彼女は一段と可笑しそうに目を輝かせた。
「マジでビビッたくせに」
「あれはな…」
「そんなことじゃ、明夫とタイマン張っても勝ち目はないわね。マグレ勝ちもちょっと無理みたい」
「言わしておきゃあ」
本気で怒ってしまった謙司がヘッドロックをかけようと動いた時には、もう京子は体をかわしていた。ずっこけた謙司に向かって、彼女はペロッと舌を出した。
月影神社の境内に入ると、祭の賑わいはいよいよ盛んになった。石畳の参道の両脇を露店がびっしりと立ち並び、山里の祭とも思えぬ人出でごった返している。小型発電機のエンジン音に混じってタコ焼きの匂いがした。
謙司は露店の一つに立ち寄って、綿飴を二本買い求めた。京子が嬉しそうに駆け寄って一本受け取ろうとすると、彼はいじわるをして後ろへ隠した。
「二本とも俺んだ」
「そ、じゃ帰る」
「あ、おい…」
謙司が一瞬たじろいだ隙に、京子は抜く手も見せずに二本とも掠め取った。謙司が慌てて取り返そうと一歩踏み込んだところを、すかさず綿飴のカウンタ−を浴びせて彼の口にくわえさせた。
「ありがと!」
一本取った彼女は、クククッと笑いながら謙司をおいてきぼりにした。
彼は綿飴をくわえたままムスッとした顔で突っ立っていたが、後ろから押し寄せる人の波に促されて、ふてくされたように歩きだした。
(俺を無理矢理引っ張り出しておいて、どこ行きやがった)


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サマーデイズ 第68回

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京子の気ままな振る舞いに呆れながら、人込みに紛れるように参道を本殿へ近づいて行くと、彼女が拝殿前で六、七人の若者達と立ち話をしていた。地元の知り合いに出くわしたのだろう。
その様子を一目見るなり、京子が姐御でまわりの若者達は取り巻きの子分格に過ぎないことがはっきり見てとれる。
「京子、そのハッピ姿最高だぜ」
「写真撮らせてくれよ」
「ふん、マッピラだよ。どうせオカズにするんだろ?」
彼女が傲慢な口調で言っても、彼らはひたすらにヘラヘラするばかりだ。
「そうはっきり言われちゃ立つ瀬がねえ」
「ハッハッハ!」
彼らは、京子の幻想しか相手にできない連中である。火を吹く花のような゛化け猫お京″は、彼らの手には負えなかった。
(参ったな)
面倒なことになってきたと思いながら仕方なく近寄って行くと、只一人彼女にお追従を並べず、黙然と立っている二十代前半の男が謙司に視線を向けた。
謙司より一回り体格が大きく、祭半纏に袖を通さずに両肩に掛けていて、浅黒く、髪を短く刈り込んだ見るからに精悍な若者である。この男が、一団のリ−ダ−格らしい。
雑踏の中を近づいて来る気配に気付いて、彼らは一斉に謙司を見た。
「こいつか?」
リ−ダ−格の男が、謙司に視線を据えたまま京子に尋ねた。石でも見るようにその男を見ていた彼女の目が、謙司を見るやたちまち白い熱を帯びて輝く。
「そうだけど」
そう答える彼女の口調は、何かを期待している風である。
「ちょうどいい。こいつに用がある」
男の視線に射るような光が加わった。
謙司は、京子のほうへ目を遣った。
「進吾っていうの。あたしの兄弟子」
(おいでなすったな)
謙司は、この界隈の若い衆が黙っちゃいない、という彼女の言葉を思い出した。