Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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サマーデイズ 第61回

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問題は「七回の勝ち」の内容であった。それらはいずれも、蹴りを得意とする京子の間合を封じて接近戦に持ち込み、体力でなんとか押し切るというもので、突きや蹴りをクリ−ンヒットさせる勝ち方は少なかった。
それに対して三回の負けは、ほとんど接近戦の間合を掴むことも出来ずに、京子の連続蹴りに翻弄される負け方である。
進吾よりも一廻り小さい体格ながら、京子の蹴りの破壊力は進吾のそれと大差ないほどで、スピ−ドなら京子が上であった。それにもまして、彼女の激しい気勢にたじたじとなってしまうことも手伝って、彼女の蹴りをかわし切れずにまともに喰らい、ぶざまに尻から飛ばされたり、膝を落としたりすることが少なくなかった。
自分得意の体勢でならブッ飛ばせるという自信があるためか、京子は進吾を「自分より強い」とは認めていない様子であった。
京子にしてみれば、進吾に関心を示さなかったのは、単にタイプではなかったからに過ぎない。
奔放な性格で、勝手気ままに振る舞いたい京子にとって、進吾のような男が相手では具合が悪い。むしろ、どちらかといえば大人しい男が性に合っている。それでいて、自分よりも強い男でなければイヤというわけであった。
京子が、自分に気がないことは分かっている。
だが、このままトンビに油揚げをさらわれて、おめおめと引き下がってしまうのは進吾の流儀ではない。
京子が惚れたほどの男なら、よほどの゛剛の者″にちがいない。ひとつ、この俺がそいつの腕を検分してやろうじゃないか。勝ち負けは問題ではなく、自分の心にすっきりとけじめをつけたい。直情径行といえばそれまでだが、それが俺のやり方だ−そう思いながら進吾は、再び『月乃錦』を一息にあおった。



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サマーデイズ 第62回

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つい今し方まで薄い明るさが残っていたが、既にすっかり暮れ果てた。
思う存分の一日だった割には、さほどの疲れも感じない。ほんの十分ほど前に京子と別れたばかりである。
快い充足感に満たされて帰路を急ぐ謙司は、田代山荘の見える辻まで戻ってきて立ちすくんだ。
山荘の辺りが何やら異様に慌ただしい。前庭は報道関係者らしき連中が詰め掛けていて、強い照明が何ヶ所か設置されている。そこに致る農道には彼らの車が何台か連なって停まり、何事かといぶかしむ近くの住人たちが、少し離れた農道から様子を窺っている。
「何の騒ぎだ。事件か?」
謙司が慌てて走り戻ると、浩二と洋平が人込みをかき分けるように出迎えた。二人とも興奮してただならぬ様子だ。
「おう゛我輩″!」
「時の人だよ、時の人!」「何だと?」
「見ろ!」
洋平が、数葉の写真を謙司の目の前に突き付けた。
そこには、トグロを巻いたアオダイショウらしき大蛇が写っている。一見して謙司が昨日目撃したものと同じ位の大きさがあると分かる代物で、それを角度を変えて数枚、至近距離から写したものだ。
「お前らが写したのか?」
「違うよ、あいつさ」
浩二がちょっと悔しそうな顔で、報道陣と野次馬越しに、山荘の玄関前を指差した。
強いライトに照らされ、ビデオカメラを向けられながら、遊崎が常と変わらぬ涼しい表情で、マイクを突き付ける女性リポ−タ−のインタビュ−に応えていた。
「なるほどな。浩二と洋平がやったにしちゃあ上出来過ぎると思ったぜ」
その写真は全く手ブレを起こしておらず、どの一枚をとっても鮮明にピントが合っている。全自動式のカメラとはいえ、余程落ち着いていなければこうは行かないはずだ。
動物園でしかお目にかかれないような大蛇を目前にして、違う角度から数枚も撮るなどということは、おっちょこちょいの浩二と洋平に出来る芸当ではない。


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サマーデイズ 第63回

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浩二が声を弾ませながら語ったところによると、昨夜の謙司や源三の話に触発されて、彼は洋平と遊崎、さらに百合子たち三人娘とともに、朝八時頃逢魔ケ池へ出掛けた。
男三人対女三人ということもあって、大蛇よりも色気だという気分になりかかった頃、池の畔から原生林にかけて、幅十センチ余りの、何かが這ったような跡を発見した。さてはと思い、勇んで原生林へ入り込んでみたところ、それがいたというのである。
浩二と洋平が呆気にとられるのを尻目に、遊崎が大蛇に最接近してシャッタ−を切った。
「フッフ、゛時の人″は遊崎に横取りされたな」
「バカ、それどころじゃないぜ。これだけマスコミが来てんだ、お前が言った通り日本中が大騒ぎになるぜ」
「明日な、大蛇を生け捕りに探険隊を繰り出すんだ。゛我輩″も来るか?」
「それもいいが、今夜月影神社の祭を見物に行く予定だろう?そっちはどうする」
「ンなこと言ってる場合かよ!」
そう言い残して、浩二と洋平は人込みの中へせわしなく消えて行った。自分たちにインタビュ−の順番が回って来ないかとウズウズしているのだろう。
騒々しい雰囲気の板の間の片隅で夕食を済ませてから、バカ騒ぎの山荘を出て行くと、とっぷりと暮れた農道の上に、昨夜源三の独演会の時にいなかった旅行のメンバ−六人が、物欲しげな様子で立っていた。予定通り祭へ行こうか、騒ぎの中へ戻ろうかと逡巡しているらしい。
彼らは三組のカップルに出来上がっていて、その中には道代もいた。日中は、浩二たちとは別にそれぞれデ−トを楽しんだのだろう。
「どうした。こんなところにいたってインタビュ−の順番は回って来ないぜ。祭行こう、祭」
「望月、お前よく平気でいられるな」
「ホント」
小管豊が呆れ顔で言うと、相方の室井洋子が相槌を打つ。
「平気も何も予定の行動だろうが」
「それもいいけどさ…」
松山純恵にぴったりとくっついている寺西誠一が、未練がましく騒がしい山荘へ目を向ける。
彼らはそれでも、何とはなしに歩き始めた。後ろ髪を引かれている様子がありありとうかがえるが、平静そのものの謙司の態度に引っ張られたらしい。


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サマーデイズ 第64回

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「お前ら、たかが大蛇でバカ騒ぎしてる奴らがそんなにうらやましいのか?そうやって女とつるんで、滅多に見られない祭の見物ができるだけでも有り難く思うんだな」
「望月くんも連れて来ればよかったじゃない、例の彼女」
佐伯裕二と出来上がった道代が訳知り顔に言った。
「団体行動だからな。遠慮したよ」
「お前もクソが付くほど律義だな。関係ねえだろ、そんなもん」
佐伯のその台詞は余裕たっぷりだった。確かに、゛魔性の女″道代をそうと知りながら相手にする以上、遊びにかけては謙司など逆立ちしても敵うまい。
「望月くんってああいうコがタイプなんだ?あたしじゃダメなのも道理ね」
「その娘どんなコよ?見たんでしょ?」
「見たも何もさ」
「舌噛まれたってホントか?」
「マジで?」
「道理で妙にロレツがまわらねえ」
「今日はどうせそのコとヤリまくったんだろう?」
「ハッハッハ!」
「まあまあ、いいじゃんかよ。とりあえず今はこいつ一人余ってんだし、今夜はこいつを用心棒にしてさ」「ついでにポ−タ−もやらせようぜ。帰りに酒とか全部こいつに持たせりゃいい」
「頼んだわよ、望月くん!」
六人が勝手に言い立てるのを背後に聞きながら、謙司は渋い顔をして、中指で頬をポリポリと掻いた。
(何が用心棒だ!俺だってな)
謙司は次第にムカッ腹が立ってきた。
(本当は京子と二人で祭に行きたかったのに、団体行動と思って断腸の思いであきらめてきたんだ!それをこいつら…)