京子を救いたい一心で、十才の子供が誰もが忌み恐れる魔獣ヤマヅチを追い払うとは。その事実が、まさかと思おうとしても、謙司の心に重くのしかかった。
明夫という少年は、たしかにうわべはひ弱に見えたのだろう。だが、彼の京子を思う深く激しい一念には、実は彼女は圧倒されていたのである。
謙司は、次第に腹が立ってきた。誰にも向けようがない怒りだが、その中に、明夫に対する嫉妬めいたものが混じっているのを認めないわけにはいかなかった。
「謙司、明夫のこと買い被ってない?」
「君こそ奴を見損なってる」
「いやに明夫の肩を持つのね」
「俺の目は節穴じゃないんでね」
彼が真面目くさった口調で言うと、京子はからかうような笑みを浮かべた。
「敵ながらあっぱれってわけ?そんなセリフ、明夫に勝ってから言えばいいのに」
「フン、死人とどうやって勝負するんだ」
京子に急所を突かれ、心中穏やかでないまま彼女を見遣って、謙司の顔は急に凍り付いた。
「おい、昨日が命日だって?」
「それがどうかした?」
京子は、涼しい笑顔を謙司に向けている。 |