Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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サマーデイズ 第57回

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京子を救いたい一心で、十才の子供が誰もが忌み恐れる魔獣ヤマヅチを追い払うとは。その事実が、まさかと思おうとしても、謙司の心に重くのしかかった。
明夫という少年は、たしかにうわべはひ弱に見えたのだろう。だが、彼の京子を思う深く激しい一念には、実は彼女は圧倒されていたのである。
謙司は、次第に腹が立ってきた。誰にも向けようがない怒りだが、その中に、明夫に対する嫉妬めいたものが混じっているのを認めないわけにはいかなかった。
「謙司、明夫のこと買い被ってない?」
「君こそ奴を見損なってる」
「いやに明夫の肩を持つのね」
「俺の目は節穴じゃないんでね」
彼が真面目くさった口調で言うと、京子はからかうような笑みを浮かべた。
「敵ながらあっぱれってわけ?そんなセリフ、明夫に勝ってから言えばいいのに」
「フン、死人とどうやって勝負するんだ」
京子に急所を突かれ、心中穏やかでないまま彼女を見遣って、謙司の顔は急に凍り付いた。
「おい、昨日が命日だって?」
「それがどうかした?」
京子は、涼しい笑顔を謙司に向けている。



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サマーデイズ 第58回

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彼は、思わず辺りを見回した。明夫の霊が傍に立って、じっと二人の様子を見ているような気がしてならない。
京子は、いきなり謙司の首筋に毛虫をほうり込んだ。
「なっ」
大慌てで立ち上がってトレ−ナ−をはたく謙司を尻目に、京子は嬌声を上げながら逃げた。
「待て!」
謙司が追い縋ると、京子は振り向きさま高い蹴りを振ってきた。彼は構わずに抱き着いて、そのままもつれるように草の中へ倒れ込んだ。
「昨日の続きだ」
謙司は再び京子の太股に馬乗りになって、剥き出しの彼女の両腕を後ろ手に押さえ付けた。怒気のようなたぎりが彼を支配している。
「女をいじめるのは嫌だって言ったくせに」
痛みが完全に癒えていない手首を、謙司の強い力で握られるのは、かなりきつい。
「いじめられてるのはこっちじゃねえか」
「そうみたいね」
「ぬけぬけと。さあ白状しろ。明夫がヤマヅチを追い払ったことを何故昨日話さなかった?」
京子はククッと笑った。上着を通して乳首の感触がある。下着を着けていないらしい。
「謙司ったら、妬いてんの」
「バカ言え」
彼が思わず力を入れ、京子の手首に指が食い込んだ。
「痛い」
「誰が十才のガキにヤキモチなんか妬くか」
京子は一旦眉根を寄せた顔に、たちまち悪戯っぽい笑みを取り戻した。
「あたしさ、明夫と謙司とどっちが上かなって、ずっと考えてたのよ」
「ぬかせ!これから、俺のことしか考えられないようにしてやるからな」
「やっぱり妬い……」
謙司が、唇で京子の口をふさいだ。指の縛めを解いてから、彼女をきつく抱きしめた。
二人はそのまま、草の海の強いうねりの中へ沈んでいった。


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サマーデイズ 第59回

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杉本進吾は気が気でなかった。
今こうしている間にも、京子が東京から来た他所者と山の中で好き放題に睦み合っているのかと思うと、体が爆発しそうな苛立ちを覚える。大神輿が渡御の途中で寄る天幕の中で、進吾は祭半纏を脱ぎ捨てて、茶碗に注いだ地酒『月乃錦』を一気にあおった。
夏祭りの初日とあって、近くの駅前広場には露店が多数繰り出しており、既にかなりの人出である。近在の市からの見物客も多い。
月影町の氏神『月影神社』の例大祭は八月上旬の二日間に渡って行われる。
初日に数基の小神輿が町内各地域を練り歩き、二日目に大神輿の宮出し、宮入りが行われる段取りとなっていた。町内要所に担ぎ手の交替が行われる「御旅所」があるのだが、進吾が今いるのは最後の所で、彼は明日、大神輿のトリの担ぎ手を務めることになっている。
「トリの担ぎ手」は、月影町の男達にとっては大きな名誉で、二十歳そこそこの若造の身でそれを許されるのは異例のことだ。
だが、進吾は難しい顔をしたまま、『月乃錦』を再び一息に呑みほした。
京子に男が出来たという話は、いち早く進吾の耳にも届いていた。寝耳に水のことであったから、彼が動揺したのも当然である。
進吾は、月影駅に程近いこの町きっての製材所の一人息子である。毎夏、祭の時には先頭に立って神輿を担ぐ、町の「若者頭」のような存在だ。
幼少時から度胸と腕っ節で鳴らしたガキ大将で、十三才の時に森沢吉松の山村武道に入門してからその傾向はますます強まり、中学、高校では近在で知らぬ者のない番長として君臨した。卒業後二年ほど東京へ出ていたが、去年の春舞い戻って家業を手伝う゛若旦那″であった。
入門したての頃、吉松の家に、当時九才の人形のような顔をした娘がいた。「京女」にあやかった名前を授けた親の期待に反してその娘は滅法お転婆で、吉松によく尻を叩かれていた。
むろん始めのうちは気にもとめてはいなかったが、彼女が十二才の時、何を思ったか突然父の吉松に入門して狂ったような激しさで稽古に打ち込み始めてから、事情が少しずつ変わりだした。


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サマーデイズ 第60回

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進吾が高校を卒業するまでの僅か二年ほどで、京子は驚くべき早さで上達し、彼女が十四才の時には、進吾以外誰も京子に勝てなくなっていた。
当時中学二年の少女であったが、京子は元来発育が早い上に、稽古で鍛えられて筋肉の発達も良かったため、とてもその年令の少女には見えなかった。
進吾が京子を意識し始めたのはその頃からである。十四才とはいえ、彼女は既に成熟した女に近いほどに美しかったのだ。
彼はその後、東京の中堅工務店に就職したが、山村育ちの進吾にとって東京の空気は汚過ぎて馴染めず、僅か二年で帰って来てしまったのである。
その進吾が久しぶりに吉松の稽古場に顔を出して、十六才に成長した京子を目の当たりにした時、彼は、自分の京子への想いに気付くことになった。
彼女は、その頃には既に猛獣のような野性を発散させていたが、そのことでかえって彼女の美しさが研ぎ澄まされているように見えた。
進吾は、京子に恋していた。
ところが京子は、彼の気持ちに応える気などさらさらなかった。
「あたしは自分より強い男しか好きにならない」
と言い放って、進吾を無視する態度をとり続けたのだ。
実力なら、俺に一日の長があるはずだ−彼はそう思っていた。組手ならば、十回立ち合えば七回は俺が取っているじゃないか−