Creator’s World WEB連載
Creator’s World WEB連載 Creator’s World WEB連載
書籍画像
→作者のページへ
→書籍を購入する
Creator’s World WEB連載
第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

サマーデイズ 第53回

LINE

「あの時はさすがに焦ったわね。すぐに病院担ぎ込んでさ。あとで父さんにこっぴどくやられたな。父さんにはよくお仕置きされたけど、あの時はひどかった。梁にぶら下げられて、青竹でぶん殴られて。殺されるかと思ったわよ」
「俺が親父さんでもそうするね」
「そんなこんなで、あたしのほうが根負けしちゃってさ。ガキ連中の間では怖いものなしだったけど、明夫だけは特別の存在になった」
「見上げた野郎だ。粘りに粘って村一番の女ガキ大将を口説き落としたか」
「それからは、いつも金魚のフンみたいにあたしにくっついて歩いて」
「お姫様と家来ってとこか。といっても、京子のほうが押され気味だったんじゃねえか?」
「正直言って、少し暑苦しかったな。だけど追い払える相手じゃないのは分かったし、好きなようにさせるしかなかったのよ」
謙司はクックッと笑った。
「つくづくあっぱれな奴だぜ。だが他のワンパク連中は面白くなかっただろうな。明夫の奴、いじめられたんじゃねえか?」
「あたしがそうはさせなかったわよ」
「ハッハッハ、そうだったな」
「でも、一度だけ逆のこともあったな」
「ほう」
「ヤマヅチに襲われそうになったところを助けられたの」
「なに」
浮かれたように楽しかった謙司の心を、氷のつぶてが貫いた。
クマの頭の上にいた鷲が、いきなり激しい羽音を立てて飛び去って行く。
「あたしと明夫が十才の時の夏休みのことだったわ」
「同い年か」
京子は、草原の彼方の山並みへ視線をやっていた。
「あたしんちの裏の山の奥に沢があってね、明夫と二人で遊んでたら、いきなり林の中からヤマヅチが出て来て」
謙司は、身動きもせずに京子を見詰めている。
「あたし、怖くて腰抜かしちゃって」
彼は、昨日京子が初めてヤマヅチの話をした時、何故この事に触れなかったのか不審な気がした。自分が襲われかけた直接的な体験があるなら、真っ先にそれを話してもよさそうなものだ。
「さっき言ったでしょ、毒気が物凄いって。謙司は実際に見たことないから分からないのよ」
「それで、明夫がそのヤマヅチを撃退したのか」
「そうよ」
京子が恋い焦がれる男を思い出したような表情になったので、謙司はムッとした。



第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

サマーデイズ 第54回

LINE

「話が違うな」
「なんで?」
「ヤマヅチと対マン張った奴はいなかったんじゃないのか?」
「対マンにならなかったのよ。明夫の一方的な気合い勝ち」
京子の言葉が追い討ちのように聞こえて、謙司の心にさざ波が立った。
「普段見せたこともない般若か閻魔みたいな形相になってね。棒切れ振り回したのか、石投げ付けたのか。気が付いたらヤマヅチがいなくなってた。びっくりしたのなんのって」
謙司は殊更に平静を装った。
「命の恩人ってわけだ」
「もともと、思い込んだら命懸けみたいなところがあった奴だけど。あの時ばかりはヤマヅチよりも明夫のほうがよっぽど怖かった」
京子の口調が潤みを帯びていて、謙司の心のさざ波は勝手に大きくなって行く。
明夫は只の「一途だがひ弱なガキ」ではないらしい。
「それからは主従関係が逆転しただろう、危ないところを助けられてコロリと…」
「そんなことない」
京子はたちまち謙司のほうへ顔を突き出した。
「普段はあたしがお姫様だもん」
「いい家来に恵まれたもんだ」
ふと気が付いてみると、近くにいた動物たちが一匹残らず姿を消している。
「ヤマヅチと聞いただけでビビリやがったか。とことん嫌われてるな」
「謙司にはガ−ルフレンドはいなかったの?」
京子は気にもとめぬ風である。
「夏美ってコと付き合ったことがある、小学生の時」
謙司は虚ろな声を出した。心の中に生じた波が収まらなかった。


第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

サマーデイズ 第55回

LINE

「君と明夫の組合せに似てたな。彼女の家…っていうか屋敷に立派な柿の木があってね。実を穫るのを手伝わされたよ。木に登って実を穫るのは彼女のほうで、俺は下でカゴ持って突っ立ってるだけさ。疲れて座ろうとすると゛ダメよ、座っちゃ!″なんてキツい声で命令されたりして」
「似てるね、それじゃ」
「どちらかというと、彼女が主導権を握ってたな」
「女にリ−ドされてアタマに来なかった?」
「そりゃあ、時にはな。だが、無理難題で人を困らせるようなコじゃなかったし」
「そう」
京子は微笑んだままだった。
「うちの近所に六礼園って庭園があってさ、彼女を誘ってそこをデ−トしたよ。そしたら、そこで若い女のグル−プに捕まって、さんざん冷やかされた。小学生のくせにませてるとか言ってね」
京子は可笑しそうに笑って、謙司をのぞき込んだ。
「その時矢面に立ったのは夏美ちゃんのほうで、謙司は彼女の陰に隠れてたんじゃないの?」
その通りだったので、彼は視線を地面に落として苦笑した。
「見てきたようなこと言うなって。俺のほうから積極的に出たのはその時ぐらいだったかな」
「上出来じゃない、クラス一の弱虫にしちゃ」
「その夏美ちゃんってのがさ、学校じゃそれほど目立たない子なんだけど、よくよく見ると凄い美人でね。時々いないか?そういう子」
謙司が京子を見ると、屈託のない笑みが返ってくるだけだった。彼女を嫉妬させようとしても無駄なようである。
「彼女、六年生になると同時に転校したよ。姫路に引越したんだ。その後、風の便りも聞かない」


第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

サマーデイズ 第56回

LINE

謙司は、陽の光を受けてうねる草の波を見渡した。
「だが、明夫のほうはそうは行かないだろ?君がどこかの他所者と急につるみだしたのを見て、焼けぼっくいに火なんてことになったらたまらんぜ」
「明夫はもういないよ」
京子の声が、ふいに寂しげになった。
「そっちも転校かい」
「死んじゃったの、十二才の時に」
謙司は、笑みの消えた京子の顔を見詰めた。
「タチの悪い夏風邪こじらせちゃってさ。入院した時には肺炎起こしてて、それっきりよ。昨日が命日なの」
「そうか…。しかし十二才とはな」
「息を引き取る間際にこんなこと言ってたな。『人並みに体が丈夫なら普通に長生きして、もっと京子を好きになれた』って」
京子は謙司のほうは見ずに、山並みの向こう側へ視線をやっていた。
「必ず帰って来る」
「え?」
「『もっと強くなって、必ず帰って来る』それが最期のセリフ」
貪欲なガキだな、明夫ってのは。
子供の頃とはいえ、京子はそういう奴が好きだったのだ。訳の分からぬ心の揺れが、再び謙司を見舞った。
「野本琢磨の奴を初めて見た時にさ」
「…ああ、例の空手部の?」
「本当に明夫が帰って来たと思った」
「なんで?」
「ウリ二つ」
「フッフ、そういうことか。乙女チックだな」
「それがあんなことになるとはね。なんだか、自分の手で全部ぶち壊しちゃったみたい」
「そんなことないだろ。明夫は野本みたいなヘッポコじゃない。あっぱれな武士でござる、さ」