Creator’s World WEB連載
Creator’s World WEB連載 Creator’s World WEB連載
書籍画像
→作者のページへ
→書籍を購入する
Creator’s World WEB連載
第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

サマーデイズ 第49回

LINE

「他所からよく視察に来るよ、秘訣を教えて欲しいって」
京子の話に、謙司は名状し難い感銘を受けていた。まるで、自分が別世界に紛れ込んだような錯覚を覚える。
原生林が途切れて、突然視界が開けた。そこは数キロ四方はありそうな草原であった。
遠方を山並みに囲まれ、左手には朝間山が聳えている。木立はほとんど無く、そこかしこに種類も様々な花たちが色とりどりに咲き乱れている。折りからの風にあおられてうねる草の海が、夏の烈しい陽を受けて、白銀色の波を絶え間無く寄せては返した。
吹き渡って来る風の中に時折いくらかの湿気があるところを見ると、この草原のどこかに尾瀬のような湿原があるのだろう。
立ち尽くして草原に見入る謙司の顔を見ながら、京子は得たりという顔をしていた。
「ここが本当に一番の奥地よ」
「とか何とか言って。この向こう側に立派な舗装路が通ってて、観光客がわんさなんてことないだろうな」
「そんなものないよ。他にル−トがいくつかあるけど、そっちのほうは本格的な山歩きの仕度をしてないと、とても入れないわね」
「軽装でも来られるのは今のル−トだけか」
山奥へ進んで行ったところで、突然広大な美景が出現する。しかもそれが、地元住民以外のほてんど誰にも知られね秘境なのだ。
「この先へずっと行くと、黄金の宮殿でもあるんじゃねえか?」
「黄金の宮殿?」
「そこへ入ろうとすると鬼みたいな門番が出て来てさ、お前達はまだここへ来る順番ではない、なんて追い返されたりして」
「臨死体験ね」
「ちょうどこんな風景だそうじゃないか。一度死んで生き返った人間が、よくそういう話をする」
「一度死んだ人間が帰って来る、か」
京子は遠くを見る眼差しになった。



第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

サマーデイズ 第50回

LINE

「子供の頃もよくここへ来たけど、全然変わらない」
「友達と大勢で?」
「あたしも団体行動は苦手」
「まさか一人ってわけじゃあるまい」
「男の子と二人きりで」
「へえ」
「いつもその子とね」
その時、二人は前方五十メ−トルほどのところに、いつの間にか黒い塊が現れていることに気付いた。
「おい、あれさっきのクマじゃねえか?」
それは羊のような鳴き声を立てながら、草の波間をウロウロしている。
すると、その周囲の草の海の中を、数多くの小さな黒っぽいものがすばしこく動き廻っているのが見えてきた。せわしなく見え隠れするその頭の形を見ると、どうやらサルの群のようだ。
見ていると、どっかとその場に座り込んだクマの大きな体に、たちまち二匹の子ザルが駆け上がった。一匹は途中で転げ落ち、もう一匹がクマの頭の上に登り上がって、得意そうに跳ねている。クマは暑さに耐えかねるのか、口から舌を出して息を弾ませているが、一向にサルをうるさがる様子がない。
そこへ、翼を広げた幅が二メ−トルはあろうかという立派な鷲がどこからともなく飛来して、クマの頭の上の子ザルをつまんで放り棄て、代わりに自分がそこへ居座った。落とされた子サルがキイキイ喚いて悔しがるのを歯牙にもかけぬ風に、鷲は悠然と胸を張っている。
「何やってるんだ?、あいつら」
白昼夢としか思えず呆然とする謙司に、京子は事もなげに言った。
「遊んでるのよ」
その時、一見してネコ科と分かる大型獣が数匹、その動物たちの群のほうへ小走りに近付いて来た。
「あれが山獅子か!」
さすがに謙司は緊張したが、山獅子たちは「エサ」であるはずのクマには目もくれず、そのうちの一匹が、つい今しがた鷲に放り棄てられた子ザルを捕まえてジャレ始めた。
「まさか、ジャレ殺しなんて…」
「そんなことしないよ」
京子は微笑した。


第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

サマーデイズ 第51回

LINE

山獅子は前足で子ザルを挟んで、頭をくわえたり舐め廻したりしている。そこへ驚いた母ザルが突進して来て、猛然と子ザルを奪い返した。ところが、首に子ザルをぶら下げて立ち去ろうとする母ザルの丸い尻尾を山獅子がくわえて引っ張ったので、母ザルは本気で怒り、歯を剥き出して山獅子を威嚇した。山獅子は一旦は跳び下がったものの、尚も面白がって母ザルにちょっかいを出そうとする。
日頃、弱肉強食のむごたらしい闘争に憂き身をやつしている動物たちが、この草原の中ではまるで幼い兄弟のように戯れているのだ。
埴輪のような顔をして突っ立っている謙司を尻目に、京子は平然と動物たちのほうへ近付いて行く。
「謙司も来れば?」
京子は、母ザルをからかっていた山獅子の前に立ちはだかると、その鼻先へ顔を突き出した。
「おい、無茶はよせ!」
謙司もさすがに我に返って、大慌てで走り寄った。
山獅子は、京子に接吻せんばかりに鼻面を近付けると、いきなり彼女の口をペロペロと舐め始めた。
「シッシッ、何しやがる」
すっ飛んで来た謙司の剣幕に驚いて、当の山獅子ばかりか周囲にいたサルたちまでが、広がる波紋のように逃げかけた。
「こいつ、君のこと仲間と間違えたんだぞ。顔が似てるからな」
わりと簡単に行くじゃないか。そう得意になりかけた謙司は、いきなり背後から只ならぬ力で引き倒された。頭の上に鷲を乗せたままのクマが、いつの間にか彼の後ろに忍び寄っていたのだ。仰向けにひっくり返った謙司をめがけてたちまち山獅子たちが殺到し、それぞれ頭をぶつけんばかりにして彼の顔を目茶苦茶に舐め廻す。おまけに、サルたちが彼の下半身に集中してズボンを引きずり下ろそうと躍起になっている。
「おいっ…、やめろっ!…」
クエエッと鳴き声を上げながら手を叩くような仕草をしているクマの傍らで、京子は大笑いしていた。
やっとのことで逃げ出して来た謙司は、ズボンを直しながら顔を拭ったが、その表情はまんざらでもなさそうだ。


第1回 第2回 第3回 第4回
LINE

サマーデイズ 第52回

LINE

「ったくもう、どういう訳なんだこりゃあ…」
「野性動物にも、ストレス解消が必要ってことよ」
「なるほどね。ところでさっきの話の続きだが…」
二人は、動物たちから少し離れた所で、草原を見渡しながら佇んだ。
「明夫のこと?」
「明夫っていうのか。よりによって君のボ−イフレンドとは大変な栄誉だな。大方、君が無理矢理家来みたいにして、あちこち引っ張り廻したんだろう?」
京子は、フッと微笑んだ。
「あいつが一方的にあたしのこと好きになってさ、いくら追い払ってもダメだったのよ」
「物好きな野郎だな。そいつのほうからアプロ−チして来たんだ?」
京子が苦笑しながらその場に座ると、謙司もつられるように腰を下ろした。
「始めのうちはウザッたくてさ。村一番の弱虫のくせに何勘違いしてんのさって、散々ひっぱたいたりケリ入れてやったりしたんだけど」
「無駄だったわけだ」
「そ。お構いなしに好きになられちゃって」
「似合いのSMカップルだぜ」
「それで、明夫にいろいろ無理難題をふっかけてやったの。そうすればあたしに愛想尽かすと思って」
「どんな?」
「肥溜めへ飛び込め!」
「そしたら?」
「ためらわずに飛び込んで、何分も浸かってた」
「相当不気味な野郎だな」
「ある時なんか、大きなマムシを素手で捕まえろって言ってやったら、本当につかみ掛かってかまれちゃって」
「おいおい」