「他所からよく視察に来るよ、秘訣を教えて欲しいって」
京子の話に、謙司は名状し難い感銘を受けていた。まるで、自分が別世界に紛れ込んだような錯覚を覚える。
原生林が途切れて、突然視界が開けた。そこは数キロ四方はありそうな草原であった。
遠方を山並みに囲まれ、左手には朝間山が聳えている。木立はほとんど無く、そこかしこに種類も様々な花たちが色とりどりに咲き乱れている。折りからの風にあおられてうねる草の海が、夏の烈しい陽を受けて、白銀色の波を絶え間無く寄せては返した。
吹き渡って来る風の中に時折いくらかの湿気があるところを見ると、この草原のどこかに尾瀬のような湿原があるのだろう。
立ち尽くして草原に見入る謙司の顔を見ながら、京子は得たりという顔をしていた。
「ここが本当に一番の奥地よ」
「とか何とか言って。この向こう側に立派な舗装路が通ってて、観光客がわんさなんてことないだろうな」
「そんなものないよ。他にル−トがいくつかあるけど、そっちのほうは本格的な山歩きの仕度をしてないと、とても入れないわね」
「軽装でも来られるのは今のル−トだけか」
山奥へ進んで行ったところで、突然広大な美景が出現する。しかもそれが、地元住民以外のほてんど誰にも知られね秘境なのだ。
「この先へずっと行くと、黄金の宮殿でもあるんじゃねえか?」
「黄金の宮殿?」
「そこへ入ろうとすると鬼みたいな門番が出て来てさ、お前達はまだここへ来る順番ではない、なんて追い返されたりして」
「臨死体験ね」
「ちょうどこんな風景だそうじゃないか。一度死んで生き返った人間が、よくそういう話をする」
「一度死んだ人間が帰って来る、か」
京子は遠くを見る眼差しになった。 |