Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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サマーデイズ 第41回

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「望月くんって、普段ボッとしてるクセにケッコウ派手な真似するじゃん」
「今まで、ずっと追い掛けっこやってたのォ?」
「ンなワケないじゃん」
「でもさァ、このヒトってそ−ゆ−コトやるヒトだったワケ?」
「ね−っ!」
「信じらんな−い!」
「俺のプライバシ−だっ!」
 謙司は、いきなり立ち上がって抗議した。その両手には、箸と茶碗がしっかりと握られている。
 彼は再びどっかとあぐらをかいて、箸の先に沢庵を突き刺しながら言った。
「それよりな、いい土産話がある。聞きたくない奴は全員出てけ」
「おっ゛我輩″、話題変える気だな?」
「人の話は最後まで聞けよ!」
 謙司が覆いかぶさるように言うと、浩二は圧倒されて押し黙った。
「凄いモン見たぞ。大蛇だよ、大蛇」
「ダイジャ?」
「お前の股ぐらのか?」
「化け猫驚いたろ!」
「ハッハッハ!…」
 一同は笑いかけたが、謙司は今度は洋平に覆いかぶさってトラのように吠えた。
「話を外らすなっ!」
 その声の物凄さに、三人の娘たちは口に手を当てて息を呑んでいる。
 一升瓶片手でほろ酔い加減の源三が、板の間の片隅でその様子を見ながらクックックと笑った。
 謙司は、鶏肉の煮物をのせたご飯をかき込みながら話を続ける。
「この先を二時間ばかり奥へ行くとな、逢魔ケ池ってのがあるんだ。その畔の土手にいたのさ。長さは五メ−トル近くあったぞ。太さもビ−ル瓶よりずっと太かったな」
「へえ」
 浩二と洋平が、謙司の話に関心を示し始めた。
「学者の常識じゃ、日本にはそんな大物はいないことになってるんだぜ」
「バカ、それぐらいのことなら俺達でも知ってるぜ」
「ねえ、このヒトのロマンス…」
 百合子がじれったそうに口を挟むのを、洋平が手で制した。
「いいからいいから!それで?」
「あれを生け捕りにすりゃあ一番だが、せめて写真でも撮ってみろ、日本中大騒ぎってことになりかねんぞ。なにしろな、」
 謙司の話に夢中になっている浩二と洋平の傍らで、女の子三人組はシラけた顔をしていた。



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サマーデイズ 第42回

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「大蛇やツチノコの話ってのは日本全国の山村部にあるが、今まで写真にさえ撮られたことがないんだ。そいつをバッチリカメラに収めてみろ、一躍゛時の人″だぞ。それでは早速発見者の村上浩二君に、いや洋平でもいいんだがな、インタビュ−をってなもんさ。テレビに映るぜ」
 そこへ、源三が割って入って来た。
「フッフッフ、それぐらいのモンでテレビに映ってりゃ世話ァねえな」
 その場に居合わせた全員が、さっと源三のほうへ振り向いた。その風貌と、腹に突き通るような低い塩辛声にのっぴきならぬ存在感があって、謙司も箸を止めたままにしている。
 源三は一升瓶を下げて謙司の傍らに腰を下ろし、茶碗酒をすすりながら話を続けた。
「確かに、蛇にもかなりの大物はおる。ビ−ル瓶ほどの奴なんぞ珍しくもないし、こいつぐらいあるのを見たという奴もおるくらいでな」
 言いながら源三は、右手の一升瓶を差し上げて見せた。
「まさか」
 便所から帰って話の推移を見守っていた遊崎が、せせら笑うような顔をして言った。
「フッフッフ、山の中にはな、学者やおめえら街モンが知らない生き物がうようよ棲んでおるぞ。例えば逢魔ケ池に棲んどるウナギだ。こいつはおめえらが日頃食っとる奴とは種類の違う奴でな、大きな奴はとれぐらいになるのか見当もつかねえ。ワシは逢魔ケ池へちょくちょく舟を漕ぎだすんだが、一度見た奴なんぞは長さが五、六メ−トル、頭だけでも人間の頭ほどあったぞ」
「マジで?」
「ンなのいるわけないじゃん」
 つい今しがたつまらなそうな顔をしていた三人の娘たちも、次第に源三の話に耳を傾け始めた。
「こいつは性質が獰猛で貪欲だ。岸辺にいる鳥や獣にまで飛び掛かってエサにしちまうくらいさ。ワシは以前、逢魔ケ池の畔でこいつを叩き殺したことがあるんだが、腹を裂いてみたら野ウサギがまるのまま出てきた」
「へえ」
 一同は、風雪に耐えて節くれだった樹木のようなこのオヤジの話に見る見る引き込まれて行った。年の功とでも言うしかない。
「これぐらいで驚くのはまだ早いぞ。陸のほうにも相当な奴がおる」
 ヤマヅチのことか、と謙司は思った。
「もしかして、ツチノコの化け物とか?」
「ツチノコ?クックック、そんなチャチなモンじゃねえよ。山獅子さ」
「山獅子!?」
 ツチノコの化け物−奇しくも浩二が近いところを突いたにもかかわらず、源三はヤマヅチのことに触れようとしない。
 避けているな、と謙司は直感した。ヤマヅチとはよくよく忌み嫌われ、恐れられている凶生物なのであろう。
 源三は得意そうに話を続ける。
「大型の山猫と思えばいい。まあ、虎やライオンほどでかくはないが、秋田犬ほどの大きさがあってな。首の後ろに小さなたてがみがあるんだ。それで山獅子という名が付いているのさ」
「まさか」
 そういう遊崎の表情が、先程と違って半信半疑になっている。源三は構わず話し続けた。


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サマーデイズ 第43回

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「町の郷土資料館へ行ってみろ。こいつの剥製が置いてあるぞ」
「マジで!?」
「ウッソ−!」
「オヤジさん、そりゃあどう考えても変だよ。剥製というれっきとした証拠があるなら学界が問題にするはずなのに、そんな話は聞いたこともない。その剥製って本物なんですか?」
 遊崎が一応理詰めな反論をするが、源三は右手の一升瓶から茶碗に酒を注ぎながら、それを鼻先で笑った。
「フッフ、本物も本物さ。そうだってことは学者先生が見れば一目瞭然だ。学者にもいろいろと都合があって、見て見ぬフリをするしかないんだろうよ。それがどういう都合かは、おめえが直接学者に聞いて来るんだな」
 遊崎は言葉が継げなくなった。どうやら、源三は歯が立つ相手ではないらしい。
「ワシに言わせりゃあ、この山獅子こそ百獣の王だね。確かに虎やライオンは強いが、身の回りに自分より強い獣がいねえ。襲う相手は決まって大人しい草食獣だ。そんな弱い者いじめばかりしてる奴らが百獣の王だと言われても、ハイそうですかとはいかねえ」
 一同はつられるように笑った。完全に源三の独演会である。
「ところが、山獅子は自分よりも強いクマを襲うんだ」
「へえ」
「もちろん一頭じゃ歯が立たんから、何頭かでつるんで倒すわけだ。クマの腹わたが山獅子の一番の好物でな」
「群れて行動するネコ科の動物というと、まずライオンぐらいのものだ。確かに山獅子というだけあるな」
 遊崎が納得顔で言う。
「フッフッフ、おめえ動物のことには詳しいらしいな。ところでどうだ、山獅子の交尾がどういうものか教えてやろうか」
 一同は、身を乗り出して源三に注目する。
「山獅子のメスって奴が、近頃の人間のメスに似て恋愛に積極的でな、これと目を付けたオスのところへ押しかけて、たてがみを逆立てたり、牙を剥き出して唸ったりしながらオスを挑発するんだ」
「それじゃ求愛行動というより、喧嘩を売ってるようなもんだね」
 源三の話にいちいち口出しする遊崎が、実は一番引き込まれている。
「それが山獅子のやり方さ。それでいて、尻尾の付け根からはしっかりとメスの匂いを振り撒いて、オスをその気にさせる。だが、そのまますんなり合体するかといえばそうじゃない。そこで決まって格闘になる」
「へえ、メスがオスと喧嘩するんだ?」
 百合子が声を弾ませた。「恋愛」と聞いた途端に目を輝かせている。
「そうやって、メスはオスの力量を試すのさ。クマを襲う獰猛さはメスも同じだから、これは相当に手強いぞ。オスといえども簡単には勝てん。むしろ、オスのほうが負かされることも決して珍しくないほどでな」
「それじゃ、全く近頃の若い女と同じじゃねえか」
 浩二が言うと笑いが起こって、張り詰めた熱気が一時緩んだ。


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サマーデイズ 第44回

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「メスに負けるような弱いオスは相手にされない。メスが欲しいのは、強いオスの優秀なDNAだからな。メスを力でねじ伏せることが出来るオスだけが、初めてメスを抱く資格を得るというわけだ」
 謙司は、源三の話に自分と京子の行動を重ね合わせないわけにはいかなかったが、源三は茶碗に酒を注ぎ足しながら、謙司のほうは見ずにフッと笑った。
「その交尾は、そりゃあ激しいもんだ。オスは一度組み伏せたメスを決して離そうとせずに、何度でも射精を繰り返す。メスはそのたび、いやというほど昇天させられるわけだ。セックスを終えるとな、オスのほうは精魂尽き果てちまうんだが、その傍らでメスは陶然と酔いしれた表情をしてやがるんだ。結局のところ、メスのほうが一枚上手なのかもしれんな、クックック」
 東京で遊び慣れているつもりの小生意気な高校生たちが、すっかり感じ入った様子をしている。
 遊崎がようやく口を開いた。
「自然の理にかなっているというしかないな」
「ひとつどうだ、おめえらもそっちのメスのお嬢ちゃんたちを雄々しく愛してやろうって気概はねえのか?」
 源三が言い終わらぬうちに、女の子三人組は素っ頓狂な声をたてた。
「エ−ッ、このコたちが!?」
「やり方知ってるのォ!?」
「ぬかせバカヤロ、相手選べるギリかよ」
「だいいち、穴が付いてるようには見えねえぜ」
「そこまで言うならやってもらおうじゃん!」
「チン切りしてやるって!」
 浩二や洋平らは、三人の娘たちの気炎にたじたじだ。
「ハッハッハ、おいおめえら、このコたちに返り討ちされそうだな。だがな、メスに負けた山獅子のオスほど悲惨なものはないぞ。全身爪で引っ掻かれてズタズタでな、中にはそれがもとで死ぬオスさえいるほどだ。勝ったオスでさえ、まず無傷ってわけにはいかねえ。舌を噛まれるぐらいで済みゃあ上出来ってもんよ」
 浩二と洋平がケラケラ笑ったが、謙司はメシを目一杯かき込みながら聞こえないフリをしていた。
 源三が再び口を開いた。
「おめえら、ジャレ殺しって知ってるか?」
「ジャレ殺し?」
「山獅子の子は、ただジャレているだけのつもりで、小動物をいたぶり殺してしまうことがある。ここにいるオスの坊やたちは、余程フンドシを締めてかからんと、全員女にジャレ殺されかねんぞ、クックック」