Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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サマーデイズ 第37回

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「おい、本当に脱ぐ気か?」
 彼が不安になって手を止めると、たちまち京子は権高な声を叩き付けてきた。
「脚痛いの、まだ治ってないわよ」
 彼は慌ててマッサ−ジを続ける。
「途中まででいいぞ。十分目の保養になりそうだからな」
「本当に途中まででいいの?ここでさっきの続きやろうと思ったんだけどな、せっかく全部脱ぐんだし」
「お前なあ」
 彼は、辺りの様子をうかがわないわけにはいかなかった。
 そこは見晴らしのきく場所で、山間を段々状に覆って広がる田や畑のそこかしこに農家が点在しているのが見える。幸い人影は見当たらなかったが、ここは丸見えである。
「それじゃ、途中でやめとくね。上着だけ脱いで、それでおしまい」
 謙司はひとまず安堵したが、その表情に明らかに失望が混じっているので、彼女はククッと笑った。
「ほら謙司、一度しか教えないからよく見とくのよ」
 彼が当惑気味なのを見て調子付いたのか、京子の口調も高飛車なものになってきた。
 忍者装束のようなその衣服は複雑なつくりで、えりやすそが重なり合い、それらの要所要所を括り合わせるひもの結び目は一切露出せず、外物に引っかからぬ工夫がなされていた。これで、どんな激しい動きの戦闘にも耐えられるというわけだ。
 謙司は、半ば呆れてその上着を眺めた。これでは、強いてことに及ぼうにも服を脱がせるだけで難渋してしまう。
 赤恥をかくところだったと京子が言ったわけである。
 やがて、バサッと音をたてて上着が脱ぎ捨てられ、京子の肌が露になった。彼女は、ブラジャ−の代わりに白いサラシを胸に巻き付けて、乳房の動きを押さえていた。
 服を通して見る以上に豊満な彼女の体に、謙司はマッサ−ジも忘れて見惚れてしまった。
 京子は面白そうに微笑んで、胸に手を当てながら言った。
「やっぱりブラのほうがよかったかしら、真っ赤なDカップ。でも、そんなの見せたら謙司がね」
 サラシを強く巻いてあるせいで、胸の隆起が谷間ごと上へ持ち上がっていて、くびれてはみ出した肉が垂れかかっていた。謙司の視線はその辺りに集中している。
「小学生の時にボ−イフレンドがいたんだけど、その子に言ってやったの。男には出っ張ってるものが一つしかないけど、女には二つあるのよって。それからどんどん大きくなっちゃって、本当は今じゃDカップでも足りないくらいなんだから。見せてあげようか?」
 謙司はどぎまぎした。



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サマーデイズ 第38回

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「それだけ立派なものを授けてくれた親に感謝するんだな」
 謙司をからかうのが余程楽しいのか、彼女の瞳はキラキラ輝いている。
 それを見るうち、彼は急に可笑しさが込み上げてきた。可愛い娘だと心底思えた。
「やっぱり見たいでしょ、あたしの裸」
 調子に乗った京子の悪ふざけは止まらない。
「暑いからこれも脱いじゃおっと!」
 彼女はサラシに手をかけ、本当にそれを脱ごうとしている。
「いい加減にしろよ」
 謙司はこらえ切れずに笑いながら、京子を見た。彼のうちに白い光のように充ちていたものが、一辺に彼女を包み込んだ。
 京子は黙ってしまった。
 悪戯をたしなめられた幼児のような顔になった彼女を見て、謙司はもう一度穏やかに微笑んだ。白いうねりが、再び京子を揺さぶる。
 彼女は急に恥ずかしくなってきて、しずしずと上着を羽織った。
 少し頬を赤くして上着のえりを押さえている彼女を見て、謙司の胸に愛おしさが込み上げてきた。
「お加減はいかがですかな?」
 京子を見遣る彼の声は落ち着き払っていた。
 彼女の目には、不思議な光が宿っている。
「気持ちいい」
「マッサ−ジ師にでもなるか」
「あたしのお抱えよ」
 謙司は右手を胸に宛てがい、恭々しく頭を下げた。
「これはいたみ入りまする、姫様」
「何なの、それ」
 京子は、「ひいさま」という言葉の意味が分からずに微笑んだ。
 謙司はなんの気なしに前方を見上げ、ぎくりとして手を止めた。つられるように、京子も同じ方向を振り返る。
 何段か上の水田の縁に、野良着姿の初老の男女が立って、じっと二人の様子を見ているのだった。一見したところ夫婦のようだ。
「行こうか」
 謙司は、決まり悪そうにそろそろと立ち上がった。
「ちょっと待って」
 京子は、のんびりした仕草で上着のひもを結んでいる。初老の二人は、まんじりともせずに若い二人を見つめたままだ。
 晒し者にされたようで、謙司はなんとも居心地が悪い。
「帰ろ!」
 言うが早いか、京子は謙司の左腕に飛び付いて、ぴったりと体を寄せた。後ろで見ている二人を意識してのことなのだろう。彼女の顔は、再び悪戯小僧のような表情になっている。


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サマーデイズ 第39回

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 二人は再び道に戻ると、先程とは反対の方向へ歩きだした。
「金羽の伯父夫婦よ」
 彼女は、謙司の頬に息もかからんばかりに顔を近付けながら言った。彼は面食らって言葉がつっかえた。
「コ、コンバさん?」
「それはここの地名。姓は森沢っていうの」
「そうか、君の親戚だったっけ」
「この辺は全部森沢姓よ。まあ、村全体が親戚みたいなもんだけどさ」
「おい、まずくねえのか?君が他所者の俺と、こんな所で二人きりでいるとこ見られて」
「あの二人、きっと言ってるよ。あの京子にとうとう男が出来たか、なんて」
「赤飯炊いて祝ってもらえ」
「噂広まるのなんてアッという間だし、そうなったらこの界隈の若い衆が黙っちゃいないわ。あたし、この辺じゃアイドルなんだから」
 京子は面白そうに笑いながら、謙司の腕に一段と強くからみついた。
「やばいやばい、ヤマヅチのエサにでもされたらかなわねえな」
「その時は助けに行ってあげるよ」
 そろそろ夕暮れだ。アブラ蝉やミンミン蝉よりもひぐらしが優勢になり、そこへコオロギの声が地表から湧き上がって入り混じるようになった。日が落ちると急に涼しくなるところが都会とは違う。
「原井戸までどのぐらいかかる?」
「急ぎ足で行って、二時間ってとこね」
「すっかり暗くなるな」
 歩くたびに二人の脚が触れんばかりになるが、京子は謙司の左腕を痺れるぼどの力で引き付けて、決して離そうとしない。
 彼がちらりと見遣ると、彼女は何の屈託もない顔をしていた。
「この道、まさかクマなんて出ねえだろうな」
「心配ないよ、出たことないから」
 謙司が安堵するのが腕を通じて伝わってくる。
「今までのところはね」
 謙司は思わず不安げな顔をした。
「もし出くわしたら、どうすればいい?」
「死んだフリでもすれば?あたし謙司を囮にして逃げるからさ」
「いざとなったら、君を盾にするっていう手もあるしな。クマより怖い化け猫お京だ」
 京子は、いきなり謙司を放した。
「続きは明日よ」


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サマーデイズ 第40回

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 見渡すと、三百メ−トルほど先の右手に、明かりの灯った田代山荘が見えている。金羽の集落を出てから三十分と経っていない。
「八時に川原へ来て」
 呆気に取られる謙司を尻目に、京子は疲れも見せぬ足取りで歩み去って行く。
「川原?」
「さっき謙司と取っ組み合いやったところよ」
「京子!」
 彼女は勢いよく振り向いた。
 やっとあたしを名前で呼んだわね。
 少し顎をしゃくり気味にした彼女の笑顔に、そう書いてあった。
「さっきのキスはシャレでやったんじゃないぞ」
 謙司がそう言うと、京子は足早に近寄って来て、彼の首を抱きすくめた。
面食らっている謙司の口に唇を押し付けた揚句、中へ舌をこじ入れて、彼のそれをベロベロと翻弄した。
「マッサ−ジしたわよ」
 彼女はそう言い残すと、後も見ずにその場を立ち去って行った。じきに小走りになり、そのまま駆け出した。
 謙司はただ突っ立ったまま、夕闇の中を次第に小さくなって行く京子を、その後ろ姿が農道の起伏の向こう側に消えるまで見詰めていた。
「メシ、冷えてるぞ」
「ああ」
 七時過ぎに田代山荘へ戻った謙司を、母屋とは別棟の便所へ行こうとした遊崎が迎えた。
 予定では、五時に全員山荘へ戻ることになっている。そんなものは守られるはずもないのだが、彼はさすがにバツが悪かった。
 二間の幅がある玄関を入ると土間があり、その奥に二十畳近くある板の間が広がっていて、中央に囲炉裏がしつらえられていた。食堂として使われているその板の間のちゃぶ台に、七人分の夕食が白布をかけられて用意されている。戻っていないのは自分一人ではないと分かって、彼は急に気が楽になった。
 気が付いてみると、ひどく空腹だ。
 箸を取るのももどかしく、がっつくように味噌汁を口に含むなり、京子に噛まれた舌の傷にひどくしみて彼はうめいた。
「おい゛我輩″、どうだ首尾は?」
「あのコとヤッたか?」
 浩二と洋平が、早速謙司の両脇に寄って来た。
「何もやっちゃいない。話は後だ」
 舌の痛みもものかは、彼はメシを貧り食った。
「トボケんなよ」
「お前、喋り方変だぞ。舌どうした?」
 謙司はギクリとして、箸を落としそうになった。
「どうだっていいだろ、いちいち関心持つな」
 浩二と洋平は、いよいよ謙司ににじり寄る。
「おい、あのコに挑みかかって噛まれたんじゃねえか?」
「化け猫お京ってのは手強いらしいな。ここのオヤジに聞いたぜ」
「うるせえな、全く。俺は今メシを食ってる最中なんだぞ。話は後にしてくれ」
 あっさりと図星を指されて、謙司の顔は赤くなりかけている。
 そこへ沢野百合子、浦河由紀子、弓削ひとみの三人がいつの間にか現れて、謙司のちゃぶ台の前に座り込んでいた。
いずれもヒマそうな連中ばかりで、時間つぶしに謙司を冷やかしに来たらしい。