Creator’s World WEB連載
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第1回 第2回 第3回 第4回
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サマーデイズ 第1回

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 「おい゛我輩″、そのうざったいトレ−ナ−なんとかならねえかよ」
 村上浩二は、ボックス席の対面で窓外の景色を眺めている望月謙司に向かって、げんなりした様子で言った。既に折りからの暑さにうだっていた。
 「このクソ暑いのに長袖だもんな。信じらんねえよ」
 謙司の隣の藤原洋平が相槌を打った。
 「山の中は涼しいからな。お前らこそ後悔するぞ」
 謙司は、二人を見やってのんびりした口調で言いながら、トレ−ナ−の袖を二の腕まで捲り上げた。 ゛我輩″というのは彼のあだ名である。
 バッグに詰めて荷物を増やすくらいならと、始めから長袖を着て来た。かつて細かった腕を夏でも長袖で隠していたから、さして苦にならない。
 冷房も無い車内で窓を全開にしてあるのだが、そのディ−ゼル列車の速度があまりにも遅いので、風もろくに入らぬ始末だ。『奥安妻』という愛称を持つその二両連結の急行列車は、呆れるほどののろさで山間の単線をたどって行く。
 八月上旬−東京の北のはずれにある私立高校三年生のグル−プが、その列車の一隅を占めていた。彼らは全員同じクラスである。高校最後の夏休みということで、彼らが独自に企画した旅行であった。
 クラス全員に参加を募ったのだが、受験期ということもあってか、五十人近いクラスの中で、男七人、女六人が参加しただけである。 目的地は、群麻県安妻郡月影町の山間部、原井戸という集落にある田代山荘という民宿である。朝間山を望む、避暑にはうってつけの高原であった。
 東京から、群麻の県都前崎まで新幹線で乗り着け、そこで在来線に乗り換えて、さらにその先で枝別れになっているロ−カル線の安妻線で、月影駅へと向かう途上である。『奥安妻』の乗車時間が、既にそれ以前より長い。
 沿線から線路の上空にまでせり出している草や潅木が、通過する列車の側部を刷毛のように払って窓から侵入し、時折バッタやトカゲなどを車内に落として行くのに彼らは歓声を上げていた。
 謙司一人を除けば、他の十二人は普段から「遊んでいる」と定評のある、クラスでも目立つ連中ばかりだ。なんの気なしに参加を申し込んだものの、参加するメンバ−を知る段になって、彼はしまったと思わざるを得なかった。浩二と洋平がいなかったら、「遊び」とは無て困惑するかも知れない。それは、参加者の中に剣崎道代がいたからである。



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サマーデイズ 第2回

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 道代は、「遊び人一派」の間ではマドンナのような存在であったが、一般の生徒からは「札付き」と目されている小悪魔風の女生徒である。その道代が、どういう訳か謙司に執心しているらしい。
 彼女は「男好き」で定評があった。中学二年で初体験を済ませて以来、これまで相手にした男の数は、本人にも簡単には思い出せぬほどだ。
 大人びた美貌と肉感的な肢体は少女とも思えぬなまめかしさで、多くの男が虜になった。その魔性のような色香には男を狂わせるものがあって、彼女にふられた男の中には、腹いせに彼女の目の前で自殺を図った者さえいる。中絶の体験もむろんあって、これまで退学になっていないのが不思議なくらいだった。
 未だ女を知らぬ謙司にしてみれば、たまに女に゛モテた″までは良かったが、その相手がよりによって道代では喜ぶに喜べない。学校の勉強を除けば、空手とささやかにやっているアルバイトしか知らぬ彼にとって、派手な男遍歴を持つ道代は魑魅魍魎の類としか思えず、どう対処したものか困惑しきりだったのである。
 謙司は、中学一年の秋に進元流空手に入門して五年になる。
 元来心身共にひ弱だった彼が、そのコンプレックスをバネに遮二無二に厳しい稽古に励んだ。その甲斐あって高校一年で黒帯を許され、つい半年ほど前に二段に昇進していた。進元流創始以来のスピ−ド昇段と言われているのが、彼のひそかな誇りであった。
 「空手界の猛犬」の異名を取る進元流は、最も好戦的な流派として恐れられていた。
 他流空手ばかりではなく、キックボクシングジムにまでも「交歓稽古」と称する他流試合を頻繁に申し込み、圧勝するか優勢を取るかで常に相手を退けてきた。交歓稽古とは言っても、その実態は果たし合いそのものであり、これまで死者が出ていないのが不思議と言えるほどに、その都度凄惨な様相を帯びるのが常であった。
 謙司もこれまでに何度か゛刺客″として駆り出されていて、負けたことが無かった。


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サマーデイズ 第3回

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 190センチ、100キロという巨漢の日本拳道三段を相手にした時は、川に嵌まった巨牛を喰い散らすピラニアよろしく襲いかかって、一方的にKOした。キックボクシングの全日本上位ランカ−と対戦した時には、相手がロ−キックに来る出はなに軸足の膝に横蹴りを叩き込んでマットに沈めた。
 十八才の謙司などは文字通り序の口であり、進元流の高段者連には、半端な格闘家がその名を聞いただけで恐れをなすような゛お歴々″が打ち揃っている。その戦闘的な体質がしばしば物議をかもしたものの、進元流の実戦力は抜きん出ていて、空手界はおろか全格闘技を通じて最強というのが目下の定評であった。
 遊びも知らずに空手にのめり込む謙司は、勢い他の同級生達とは違った雰囲気を身に付けていた。゛我輩″というあだ名は、そんな彼を冷やかすつもりで浩二がつけたものだった。
 道代は、通路を隔てた反対側のボックス席の窓際から、手慣れた仕草で煙草を吸いながらそれとなく謙司に目線を送っていた。
 謙司のような真面目一方の堅物など本来ならば相手にしないところだが、この男生徒には、どういう訳か妙な存在感があった。ホ−ムル−ムの時など、教室の片隅に黙って座っているだけで、真っ先にそこにいることが感じられてしまうのである。
 ある日の放課後、道代はからかうつもりで謙司にちょっかいを出した。ほんの気まぐれのつもりだったが、彼の反応は道代の予期していたものとは全く違っていた。
 彼は、ぬうっと道代のほうへ顔を向けた。何かの大型獣が身じろぎするような気配がゆらめいて、彼女は内心たじろいだ。
 「光栄と言うべきかな…。俺なんか相手にしても退屈するのがオチだぞ。時間の無駄さ」
 石でも見るような目をしてそう言う彼の口調は、おっとりとしていたが有無を言わせぬ拒絶の意志がこもっていた。


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サマーデイズ 第4回

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 道代は気圧された形でその場に取り残されてしまったが、苦笑を浮かべながら立ち去る謙司の後ろ姿が遠ざかりかけた時、初めて彼女の心に怒りが込み上げてきた。
 男から、これほどすげなくされたのは初めてである。自分になびかぬ男はいないはずだ
−彼女は当然のようにそう思っていた。それなのにこいつときたら、あたしのことなんて全然歯牙にもかけていない−
 三十過ぎた妻子持ちまで狂わせた゛実績″がある道代ではあるが、その目付きや仕草の一つにまで、これほど取り付く島もない雰囲気を滲ませる男を見たことがない。
−喰い甲斐がありそうね、こいつ−
 一旦プライドが傷付いたことで、これまでに知り合った男達とは毛色が違うこの男生徒に、却って関心を持つことになった。
 謙司は腕組みをしたまま、窓外の景色を眺めて素知らぬふりをしていたが、そんな彼を鼻越しに見遣りながら、道代はもう一度彼に向けて煙草の煙を吹き出した
(今度こそ、絶対あいつを落としてやる。いくら気取ってたって結局は男よ)
  これまで何人もの男を虜にしてきた道代の自信は揺るぎないもので、既に謙司の首を自らの゛武勲″に連ねたつもりになっていた。
「へっへっへ、゛我輩″も隅に置けないぜ。この際親睦を深めちまえって」
 道代と謙司の様子を見比べていた浩二が、含み笑いしながら謙司を焚き付けようとすると、傍から洋平が追い討ちをかけた。
「あのコ、結構競争率高いんだからヨ。それが向こうからコナかけて来てんだ、男冥利じ
ゃんかよ」
「ヘッヒッヒッヒッ」
 浩二と洋平は顔を見合わせて、からかうような笑い方をした。二人とも、このところの道代の攻勢に謙司が困惑していることは承知の上だった。このまま、およそ不似合いとしか思えぬこの二人が出来てしまったら、さぞ面白かろうと思っているのだ。