「おい゛我輩″、そのうざったいトレ−ナ−なんとかならねえかよ」
村上浩二は、ボックス席の対面で窓外の景色を眺めている望月謙司に向かって、げんなりした様子で言った。既に折りからの暑さにうだっていた。
「このクソ暑いのに長袖だもんな。信じらんねえよ」
謙司の隣の藤原洋平が相槌を打った。
「山の中は涼しいからな。お前らこそ後悔するぞ」
謙司は、二人を見やってのんびりした口調で言いながら、トレ−ナ−の袖を二の腕まで捲り上げた。 ゛我輩″というのは彼のあだ名である。
バッグに詰めて荷物を増やすくらいならと、始めから長袖を着て来た。かつて細かった腕を夏でも長袖で隠していたから、さして苦にならない。
冷房も無い車内で窓を全開にしてあるのだが、そのディ−ゼル列車の速度があまりにも遅いので、風もろくに入らぬ始末だ。『奥安妻』という愛称を持つその二両連結の急行列車は、呆れるほどののろさで山間の単線をたどって行く。
八月上旬−東京の北のはずれにある私立高校三年生のグル−プが、その列車の一隅を占めていた。彼らは全員同じクラスである。高校最後の夏休みということで、彼らが独自に企画した旅行であった。
クラス全員に参加を募ったのだが、受験期ということもあってか、五十人近いクラスの中で、男七人、女六人が参加しただけである。 目的地は、群麻県安妻郡月影町の山間部、原井戸という集落にある田代山荘という民宿である。朝間山を望む、避暑にはうってつけの高原であった。
東京から、群麻の県都前崎まで新幹線で乗り着け、そこで在来線に乗り換えて、さらにその先で枝別れになっているロ−カル線の安妻線で、月影駅へと向かう途上である。『奥安妻』の乗車時間が、既にそれ以前より長い。
沿線から線路の上空にまでせり出している草や潅木が、通過する列車の側部を刷毛のように払って窓から侵入し、時折バッタやトカゲなどを車内に落として行くのに彼らは歓声を上げていた。
謙司一人を除けば、他の十二人は普段から「遊んでいる」と定評のある、クラスでも目立つ連中ばかりだ。なんの気なしに参加を申し込んだものの、参加するメンバ−を知る段になって、彼はしまったと思わざるを得なかった。浩二と洋平がいなかったら、「遊び」とは無て困惑するかも知れない。それは、参加者の中に剣崎道代がいたからである。 |